「好きって言って」 「え?」 「だから、好きって言って!さつきちゃんの口から聞きたいの、俺は!」 「ちょっと、えっ、静かに…!」 休日の午後、公園にある木陰のベンチで二人でお話。 そんな学生カップルのような時間を過ごしていたら、彼氏であるスミスは唐突に周りにひびくような声で主張を始めた。 赤茶色のアスファルトで固められた歩道は公園の中をぐるっと一周できるようになっていて、主に犬の散歩をしている人やジョギング中の人が通っている。 そして歩道以外の場所は綺麗に芝生が整えられていて、さつきたちのように木陰でリラックスしている人もいれば日光が降り注ぐもとで元気よく遊んでいる子どもたちもいる。 休日ということもあり、親子連れも目立つ印象だ。 思い思いに自由な時間を過ごす空間の中で、先ほどのスミスの声はどこまでの人に聞こえたのだろうか。 5メートルほど先で木の幹に背を預けて読書をしていたお姉さんや、花壇に生えていた草を結んで遊んでいた女の子たちには確実に聞こえただろう。 そして、ちょうど目の前の歩道を歩いていく老夫婦にも。 言い切った張本人であるスミスは真剣な目でこちらを見ているが、言われた方であるさつきからしてみれば恥ずかしさで顔から火が出そうだ。 「さつきちゃん、言ってくれないの?」 「いや、だからなんで突然そうなるの!?」 180はある長身という体に似合わず、スミスは捨てられそうな子犬のような目でさつきを見つめ続ける。 一体彼はどうしたというのだろうか。 「好き」という単語はたしかにさつきからはあまり口には出さないが、それは恥ずかしいから。 そういった彼女の性格も、スミスは十分にわかった上で付き合ってくれているのだろうと思っていた。 対してスミスは愛情表現の言葉を口にすることにためらいはあまりないらしく、一日に一回は何かしらさつきのことを褒めてくれているような気がする。 たまにはこちらからもお返しをせねば、とは思うもののやはり気恥ずかしい。 頭の中でずっと引っかかってきたものが、ここにきてとうとうスミスの方から持ち出されてしまった。 何がきっかけになったのかはさっぱりわからない。 「さっきあそこの子どもに、かっこいいって言ったでしょ」 「子ども?……ああ、さっきのかくれんぼしてた子」 「綺麗な顔立ちしてて、将来かっこよくなるねって本人に!ねえ!俺には『かっこいい』なんてほとんど言ってくれないのに!」 スミスには悪いけれど、そんな彼の様子を見ていると「かわいい」と思ってしまうと同時にホッとしてしまった。 好きの一つも言わないつまらない女だ、なんてフラれてしまったらどうしようかと本当は少し不安だった。 かくれんぼをしているから隠れさせてほしい、という男の子をかくまったのは数分ほど前。 背の高いスミスの座るベンチの後ろに隠れていれば、踏まないだろうという算段だったらしい。 小学校低学年くらいの男の子だったが切れ長の瞳に鼻筋が通っていて、将来綺麗な男の子になるだろうということは予想できた。 だからなんとなく、「これからさらにかっこよくなるだろうね」と話しかけてみたのだ。 彼の気持ちがわからないわけではない。 自分ももし、子ども相手には「かわいいね」と言っているのに自分に対しては何も言ってくれない恋人がいたとしたら、同じようなことを言ってしまうかもしれない。 スミスと付き合っている時点で、そういった思いをすることはほとんどないだろうけれど。 自分がいかに恵まれているかということがよくわかる。 「なんだか今日のスミスくん、可愛いね」 「えっ」 可愛い、と弾むように笑顔で続けたさつきの表情を見て、スミスは今更ながら顔が赤くなる。 自分が大声で何を言ったかということ。 読書をしていたお姉さんは大人の対応として聞かぬふりをしてくれたが、草を結んでいた5歳くらいの女の子たちからは凝視されており、目の前を通っていた老夫婦からは「若いっていいわねえ」と笑われてしまったこと。 小学生の男の子に「かっこいい」と口にする彼女を見て、つい感情が先に出てしまった。 普段から軽い口調で色々と言っているように見えるかもしれないが、スミスとしてはすべて計算した上で発言をしているのだ。 もしくは一瞬感情的になった後に、すぐに「なーんて冗談だよ」とはぐらかすか。 今回はどちらにもあてはまっていない。 「次は可愛いじゃなくてかっこいいって言ってもらうし、その次は好きって言ってもらう」 「えっ!?」 「さつきちゃんに言ってもらうまで、今日は離れないから」 ここまできたら、もう意地だ。 周りから見てみれば、大人二人が顔を真っ赤にしたまま何をしているのだろうと思われるかもしれない。 しかし、今日こそは彼女に言ってもらおう。 わかっていることだけれど、言葉にしてもらって、それから二人で時間を過ごそう。 END 2017/02/27 ←短編一覧 |