この人はいつもどこを見ているんだろう、と思った。

同じものを見ても、人それぞれ感じることは違う。

そんなことは今まで生きてきた中でわかっていたはずなのに、彼と出会うとさらに強く感じさせられた。

付き合ってから、初めて旅行に行ったとき。

観光スポットとしても有名なお城を見に行き、目の前にそびえたつお城にさつきはすぐに目を奪われた。

こんなお城が何百年も前に作られて、今でもこんな風に残ってるなんて。

このお城は今までどんな景色を見てきたのだろう。

周りにあるお堀には水がぴんと張られていて、城を映し出した水面はますます城の雄大さを引き立てるようだった。



「すごいね、冬司くん!」
「そうだね」



晴れやかな顔をして城を見上げるさつきの横で、宗谷は地面に膝をついた。

じゃり、と敷き詰められた小石が動く音がする。

突然隣にいた人影がなくなったことに驚いたさつきが声をかけるよりも前に、宗谷は自分が立っている地面よりも下に張られた水を覗き込んだ。

じっと見つめる自身の顔が、水の中からこちらを見返す。

どうしたの、と慌てたように一緒にしゃがみ込んだ彼女の服を小さく引っ張り、宗谷は細長い指で水面をさした。



「水、綺麗」
「水…?」



立っていた時よりもずいぶんと近くなった水の存在を、宗谷と同じようにじっと見つめてみる。

水は汚いというわけはないが、透き通っているわけでもない。

お城の影はやはりそこに映し出されていて、柔らかい風が吹くとその影が揺らぐ。

錦鯉も泳いでいて、赤い影がお城の周りをくるくると泳ぐ姿は美しかった。

かつてここが戦場だったとき、お城が赤く燃えるなんて不吉なことだっただろう。

しかし平和な現代では、お城と赤という組み合わせに目を奪われる。

水の中にある光景だからだろうか。

一度注目してしまうとなかなか離れがたく、水面の中のお城と、錦鯉と、水草の穏やかな動きをぼんやりと見つめてしまう。



「さつき、お城見ないの?」
「えっ?あれ、冬司くんいつの間に立ち上がったの?」
「…さあ」



彼は水面に映る影みたいだ、と思った。

強い風が吹いたらどこかに消えてしまいそうで、それなのにその風がおさまれば何事もなかったかのように再び現れる。

いつの間にか立ち上がっていた宗谷は、今度はお城の方を向いて眩しげに目を細めていた。



「水はもういいの?」
「さつきがすごいって言ってたから、お城見たくなった」



こんな瞬間に微笑むなんて反則だ。

一つのことにずっと集中していて、自分の興味があること以外にはまったく注意を向けないような人だと思っていたのに。

どこを見ているんだろうなあ、と思っていたら、いつの間にか自分の見ているものを教えてくれるようになった。

こちらが見ているものを教えたら、その視点を精一杯見てくれるようになった。

価値観の違いは対立を生むものではなく、理解を生むものだと初めて知った。



「冬司くん、次はあのお城に入ってみよう!」



くいっと自身の手を引いてくれるさつきに対し、宗谷は人知れず笑みを浮かべた。

自分とは違う視点を持っている彼女。

その彼女と共に世界を共有できているということは、彼にとっても喜ばしいと思った。

水面にある影が風によって再び揺れる。

同じように目の前で揺れた彼女の髪に、宗谷は伸ばした指を絡めた。

いつまでも、触れていられますように。





END
2017/02/23

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