燃え盛る炎のような側面と、一吹きすれば消えてしまうような白い塵となってしまうような側面を併せ持った人だと思う。

今朝の様子は電話の声を聴く限り、前者だった。

今日の対局で勝ったら全国放送に映るチャンスが高まる、と並々ならぬ様子で意気込んでいた。

彼が田舎のおじいさんに自分がプロ棋士として戦っている姿を見せたいことは知っていたため、「頑張って」と心の底から応援した。

さつきが仕事から帰ってみると、自分の住むマンションの一室に明かりが点いているのが見えた。

彼が先に来て、部屋で待ってくれているのだろう。

その表情がどんなものか、まったく想像はつかないけれど。



「ただいま」



玄関の扉を開けてきても返ってこない「おかえり」という言葉。

この時点で、今日の彼の対局の勝敗は容易に想像がつく。

同棲しているわけではないが、対局があった夜は必ずさつきの部屋へとやってくる彼。

嘘がつけない人だと思う。

勝った時はあふれんばかりの喜びとともに鼻歌交じりで夕飯を作っているし、負けた時は部屋の片隅で落ち込んでいる。

この静けさからして、今回の場合は後者だ。

リビングへと入ってみれば、電気は点いているものの人気はない。

テレビも点いておらず、聞こえるのは外から聞こえてくる車が走る音だけ。

やがてその車も走り去り、静寂が広がった。

部屋の片隅で大きな体を丸めている彼に近づき、そっと背中に触れる。



「いっちゃん」
「……負けた」
「うん」
「じいちゃんに見てもらいたかったのに」



膝を抱えるように座る松本一砂の表情は見えない。

きっと本人も見てほしくないだろうと思い、さつきはその隣に座りこみ、一定のリズムで彼の背を撫で続ける。

数分経った後に、さつきは静かに立ち上がった。

いつまでもそばにいるのもいいが、一人でいることも大切だろう。

また元気を取り戻して、一緒に楽しいことをしてくれたら。



「じゃあ、夕飯作るね。何がいい?」
「……肉じゃが。あと、もう一つ」
「何?」



キッチンへと向かおうとするさつきの手を引っ張り、松本は彼女の体を抱きしめた。

180はある長身にがっしりとした筋肉質の体型である松本と、女性の標準的な体つきのさつき。

身長差はもちろんのこと、後ろから抱きしめればその存在の小さなことに驚く。

頭で思っていたことをそのままの勢いで勢いで言おうと思っていたが、いざ口に出そうと思うと恥ずかしくなってきた。

先ほどまで対局に負けたことで落ち込んでいたことは確かだ。

そして彼女が帰ってきて、背中を撫でられていると次への希望が沸いてきた。

いつだってそうだ。

一つの感情に突き動かされがちな自分を別の感情へと切り替えてくれる彼女。

愛おしさを感じずにはいられない。



「あー……その、だな」
「うん?」
「し、しばらくこのまま…で……お、お願いします……」



彼女が何か返事をするよりも早く、松本は屈んでさつきの首筋に顔を埋めた。

この赤い顔を見られたくはない。

子どもっぽい自分が見せる、男のプライドだ。





END
2013/11/24

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