「どこかに行きませんか?」
「うーん…あまり希望はないけどな。さつきは行きたいところがあるのか?」
「いえ、特には」
「そっか。なら無理して出かけなくてもいいんじゃないか?」



そう言ったきり、再び島田の視線は棋譜へと向かう。

彼に悪気がないことはわかっている。

いくら今が対局のないシーズンだとはいえ、出来ることなら将棋の研究を続けていたいという気持ち。

スポーツでいえば練習と同じ意味を持つ研究なのだ、やればやるほど自分の力も身についていく。

それでも、たまには二人に出かけたいと思うのはわがままなのだろうか。

将棋に打ち込む彼が好きだ。

しかし、少しは将棋以外のことも見てほしいというのも一つ。

わからなくなってくる自分の気持ちに、さつきは島田から離れた畳に座り込んだ。

そんな彼女の様子をちらりと見遣り、島田は小さく息をついた。



「すまん、悪気はなかった」
「…いいえ、私も邪魔してすみませんでした。研究続けてください」
「あー…」



すっかり投げやり状態になってしまった彼女に、島田は困ったように声を出したきり言葉が続けられない。

さつきもさつきで、いかに自分が可愛くない反応をしているのかわかっているつもりだ。

それでも、いつものように笑って島田の横へと行くわけにはいかない。

もう、我慢の限界だ。

家から出て、彼と一緒に外を歩きたい。

ただそれだけなのに。

膝を抱えたままそっぽを向くさつきの隣に、島田はゆっくりと近づく。

それでもなお彼女は、彼に顔を向けようとはしない。



「どこか行くか?」
「…いいです。開さんは外に出たくないんでしょう、無理して付き合ってもらわなくても」
「いや、違うんだ」



彼女と一緒に外出したくないわけではない。

一緒の空間にいるだけで十分だと思っていたのだ。

家の中だろうと、外だろうと、彼女がいればそれでいい。

わざわざ外に出る必要もなく、家の中で共に過ごすことができればいいだけ。

てっきり彼女もそうだろうと思っていたのだが、違うらしい。



「お前と過ごせれば場所はどこでもいいと思っていたんだが…」
「…私だって開さんと過ごすならどこだっていいですけど、」
「ん?」
「二人きりで外出したいって思うのも開さんだけなんです」



恥ずかしいのか、顔をうずめてしまったさつきの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

お互いに少しだけ言葉が足りていなかったみたいだ。

底にある気持ちは同じだったのに、口に出した言葉は反対のもの。

思っているだけでは伝わらない。

今まで何度経験したことであっても、いざ口に出すのは勇気が要るもので。



「よし、散歩でも行くか。その辺をぶらっと」
「はい!」



立ちあがる島田の手に、さつきの手が重なった。



END
2013/04/21

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