地響きのような雷鳴が、遠くから近づいてくる。 畳に座って読書をしていたさつきの体に、一気に鳥肌が立つ。 青空が広がっているばかりだと思っていた窓越しに外を見てみれば、そこでは真っ黒な雲が青色を食い尽くそうとしていた。 小さな頃から雷は苦手だった。 一人きりで家にいるときに突然やってくる夏の訪問者。 得体のしれない大きな物体の、唸るような雷鳴。 思わず目を奪われてしまうほどの雷光も、こちらを切りつけるナイフのように思えた。 それでも年を重ねてからは、幾分平気になっていた。 雷が来るときの対処法はただ一つ。 誰かと共にいること。 話せるような存在である必要はない。 視界に誰かが映っていれば、雷というものの存在を認知しているのは自分だけではないとわかるから。 夕立になりそうだ、という天気予報があれば、その日は一日中出かけるようにしている。 スーパーでも書店でも、誰かしらと同じ空間にいればいいのだから。 しかし今日は不意打ちの雷だ。 さつきの家には誰もおらず、雷の音を聞いてからでは彼女はもう動けない。 読みかけの本を閉じ、その場で体育座りでうずくまった。 雷が過ぎ去るまではこうしてじっとしているしかない。 彼もまだ、帰ってくるには早すぎる時間だ。 しんと静まり返った家に、宗谷は違和感を抱く。 雑誌のインタビューが早めに終わり、今日はもう帰っていいと言われて早めの帰宅。 そうはいっても、時刻は午後の4時。 テレビの音が点いていたり、掃除をするために歩き回る音がしたり、何かしらの生活音はしてもいいはずだ。 響いてくるのは外で鳴る雷の音ばかり。 もしかして買い物に出かけているのかと思ったが、彼女の靴は玄関に置かれたまま。 疑問を抱きつつも、宗谷は靴を脱いで家へと上がる。 彼女はどこに行ってしまったのだろう。 もしかして体調でも悪いのだろうか。 リビングの扉を開くと、その先に続く茶室で体育座りをしている彼女の後ろ姿が見えた。 姿が見えたことに、ほっと息をつく。 「ただいま」 安心した様子で宗谷が声を掛けるも、さつきはこちらを振り向こうとしない。 この距離で聞こえていない、などということはないはずだ。 時折響いてくる雷鳴の音以外、この家には音と言う音はほとんどないのだから。 再び違和感を覚えた宗谷が、彼女の目の前へと回り込む。 ぎゅっと目をつむったままのさつきは、こちらに気づいていないようだ。 やはり具合でも悪いのだろうか。 肩に手を掛けようと宗谷が腕を伸ばすと同時に、一瞬目の前が白く光った。 続けざまに地面が揺れるかのような轟音。 ずいぶんと近くに雷が落ちたようだ。 そして彼は、すべてを察した。 「…ここにいるから」 「と、冬司さん」 後ろから包み込むような体温に、彼の声。 真っ黒なスーツを着たままの宗谷の腕が、さつきの体を抱きしめている。 強張った身体から力が抜けていく。 もう一度鳴った雷鳴は、再び部屋の中に響き渡った。 しかしそこにはもうおびえ切った彼女の姿はどこにもなかった。 END 2013/04/18 (1周年企画)綾女様へ ←短編一覧 |