今日は久しぶりに学校に最初から最後までいることができた日だ。 そして同時に、僕の気持ちがすごく重い日でもある。 金曜日の最後の授業、それはロングホームルーム。 今日の内容は、来月ある球技大会の競技決め。 先生が面倒くさがってくじ引きでグループを決めて、グループの中で話し合って出たい競技を決めるというもの。 元々あまり学校に来ていないこともあるし、学校で言葉を発したことなんて先生と話すときくらいの僕は、くじ引きを引いて、指定の席に集まっても一人も顔と名前が一致しなかった。 もちろん相手から見ても、「誰だ?こいつ」と思われていたと思う。 とりあえずひたすら貝になろう、とは決めたものの、話の流れで一人ずつ出たい競技を言っていくことになってしまった。 ああ、気が重い。 順番が近付くにつれ、ますます緊張が高まっていくのがわかる。 将棋を指すときとは違う、いや嫌な緊張感。 やがて隣の人がバレーボールに出たい、と言った後、司会をしていた男の子の顔がこちらに向いた。 「それじゃ、えーと…」 苗字か名前を呼びたいのだろう、とは分かったけれど、言いだすのも気まずくてこちらも黙ってしまう。 その沈黙に他のメンバーも気付いて次々にこちらを向くも、頭の上に?マークが付いた表情が浮かんでいく。 自分の存在感のなさや積極性のなさに我ながら呆れはてたとき、ちょうど隣にいた女の子が口を開いた。 他の子の発言を聞いてもにこやかに笑顔を浮かべるだけで終わっていた、おとなしそうな女の子だ。 「桐山君、だよね?」 「え?あ、うん…」 「桐山零君だよ、坂木君」 「あ、うん、そっか、ごめん!じゃあ桐山、なんの競技に出たい?」 「え、えっと…ラケット競技、かな」 「ん、ラケット競技な。じゃあ矢川は?」 坂木君という苗字らしい司会の子は、僕の発言に頷いてから、先ほどの女の子へと視線を向けた。 矢川さん、か。 なぜ彼女は僕の名前を知っていたのだろう。 疑問が生じると同時に、何か照れくさいような、温かい気持ちに包まれた。 なんだろう、この感じ。 自分の存在を知っている人がいて、名前を呼んでもらえて。 普通の生徒にとっては当たり前のことなはずなのに。 僕にとっては、今までの学校生活で一番嬉しいくらいの出来事で。 家に帰っても、君の声が木霊した。 また対局のために数日学校を休んで、久しぶりに学校へと向かう。 教室に着く時間がSHRギリギリになるようにと、わざと遅めに家を出た。 いつも乗るバス停に、彼女が見えた。 初めて名前を呼んでくれた、彼女が。 彼女はこちらに気付いてから、やわらかく笑ってこう言った。 「おはよう、桐山君」 自分でも驚くくらい、心臓が大きな音を立てて脈打った。 名前を呼ばれたことが嬉しいのか、彼女に呼ばれたことが嬉しいのか。 その差が、僕にはまだわからなかった。 END 2012/06/17 ←短編一覧 |