普段は将棋とは無縁な彼女でも、こうして将棋を楽しんでくれることは嬉しいことだと思っている。 今日発売されたばかりの将棋専門雑誌を片手に帰ってきた彼女。 彼女の恋人であるスミスのインタビューが載るということを覚えていてくれたのだろうか。 実際、さつきは「スミス君のインタビュー載ってるっていうから買ってきたよ」と嬉しげに雑誌を見せてくれた。 その彼女の行動だけで顔の筋肉が緩んでしまう自分も重症だとは思っているものの、精一杯の喜びを表現したつもりだった。 しかし、彼女の次の一言がスミスを凍りつかせた。 「表紙の後藤さん、久しぶりに見たけどかっこいいね。大人の男って感じで」 嬉しい気持ちもつかの間、次に放たれたのは他の男性への賛辞。 正直に言って、嬉しいものではない。 芸能人相手の「あこがれ」のようなものならば、ここまで不快には思わないだろう。 しかし彼女が褒めている相手は、芸能人というわけではない。 一般の人々にとってはめったに会えない相手なのかもしれないが、スミスにとっては年に数度は会う相手。 将棋盤を挟んで対局をしたこともある。 自分とは真逆のタイプの人間に掛けられた褒め言葉は、想像以上に心へのダメージが大きい。 棋風も性格も逆で、悔しいことに後藤と比べて「大人の男」の雰囲気が漂っているようには思えない。 「スミス君、後藤さんってやっぱりこの写真みたいな雰囲気が実際にあるの?」 「後藤さんの話は一旦やめない?」 思わず口をついて出た言葉に自分自身が驚き、彼女も雑誌の表紙に向けていた目をスミスへと移す。 その表情には驚きが広がっており、その顔を見た途端に手が伸びていた。 少し力を入れただけで腕の中に収まったさつきを抱きしめながら小さく息をつく。 机の上に置かれた雑誌の表紙には、後藤が無表情のままこちらに睨みを効かせるかのように映っている。 スミスの身長が高い分、彼女がどんなに背伸びをしても肩に届くかどうかというところ。 少し姿勢を低くするようにし、彼女の首元に顔をうずめた。 「ごめん。今俺かっこ悪いかも」 「ヤキモチやいた?」 「……もしかしてそうなるように仕組んだの?」 少し顔を離して問うと、さつきはしばらく黙った後に「ごめん」と悪戯っ子のように笑った。 女性というものはなんと恐ろしい生き物だろう。 戒めのためにいつもより強く力を入れて抱きしめると、腕の中にいる彼女からくぐもったような声が聞こえてきた。 そちらがいたずらをしてきたのなら、こちらも返すまで。 一向に力を緩めずにいると、彼女はスミスの方へ顔をさらに近づけて口を開く。 「この前会社の女の子たちとの写真見せたときに『さつきちゃんの同僚の子って可愛い子ばっかりだね』って言ったからお返し」 「…はあ、棋士も真っ青な記憶力だね」 脱力したように呟き、彼女に静かに口付けをした。 いまだにこちらをにらみ続ける雑誌を、静かにひっくり返す。 ヤキモチなんてお互い様だ。 END 2013/04/04 (1周年企画)ララ様へ ←短編一覧 |