ひゅう、という音が耳をかすめた。 公園に植えられた木々の枝が街灯の光に照らされて揺れているのが見えた。 首にぐるぐると巻きつけたマフラー、手を覆っている手袋。 防寒には気を付けているつもりではあったが、さつきの鼻先や耳などは冷たさで赤くなってしまっている。 夜六時。 自分の住むマンションが近づくにつれ、さつきの足は速くなる。 今日は、彼がいるのだ。 玄関の扉を開ければ、廊下の向こうから光が漏れていることにホッとする。 なるべく静かにドアを閉め、気づかれないようにリビングへ。 その作戦を実行するべく暗闇の中で靴を脱ごうとしていたところで、頭上の電気がいきなり点いた。 突然現れた光に手を止めて顔を上げれば、いつの間にかリビングへと続く扉が開いているではないか。 そしてそこから出てきたのは、背の高いめがねを掛けた一人の青年。 「…おかえり、電気くらい点ければいいのに」 「あはは、ただいまー。ちょっと驚かせようかと思って」 気づかれてしまったのなら、仕方ない。 今までのスリルがどこかへと消え、代わりに家の中に入ったことで忘れていた寒さが身体を伝わる。 少しでも早く暖かい場所に行きたい。 さつきが靴を脱ぎ終えて一歩家に上がれば、頭上の電気を宗谷がタッチパネルで消し、二人並んでリビングへと向かう。 コートを着ているものの、やはり冬は室内であっても廊下は寒い。 「…さつき、震えてる」 「駅から家に来るまでに冷えちゃって。ご飯はもう食べた?」 「作ってからまだ食べてない」 「ごめん、待たせちゃったんだ」 机の上を見てみれば、お皿によそった料理の数々がラップを掛けられた状態で置かれていた。 そっと触れてみれば、まだ少し温かい。 同棲しているとはいっても職業上の関係で普段はあまりいることのない宗谷が作ってくれた料理。 誰に訊いても料理する宗谷は想像しづらいかもしれないが、ひとたび料理をするとなれば絶品を作る彼。 そんな彼の料理も久しぶりだ。 早く食べよう、と声を掛けながらさつきはマフラーや手袋を手早く外し、席に腰かけようとする。 しかしその前に、宗谷に腕を掴まれた。 「さつきの体、温めてから夕飯にしよう」 「え?いいよ、これ以上冬司のごはん冷めたら申し訳ないし」 「後でいくらでも温められるからいい。さつきの体は、冷えたら困るから」 掴んでいない方の手でさつきの鼻先にそっと触れ、宗谷は声も出さずに柔らかく微笑む。 明るい光の下で見る彼女の鼻や耳は、赤く冷たい。 有無を言わさぬ口調で言い切った宗谷に呆気にとられるも、さつきも自分の耳に触れて小さく笑った。 こんなに冷たくなっているとは思わなかった。 ここは彼の優しさに甘えようか。 ゆっくりと彼女の手を引いた宗谷は、テレビの前に置かれたこたつへとさつきを座らせる。 彼女がしっかりとこたつの中へと足を入れたのを確認し、自分もさつきのすぐ隣へと座った。 「さつきの体が温かくなったら、夕飯食べよう」 「うん、ありがとう」 こたつの外に出たままの彼女の両手をそっと包む。 冷えた両手に、宗谷の温もりが伝わっていった。 ゆっくりと、ゆっくりと。 END 2013/02/19 (1周年企画)わらび様へ ←短編一覧 |