季節は夏。 中学二年生の夏、この響きはとても青春にピッタリなのではないだろうか。 そう、世間一般のイメージはわかっている。 中学二年生ですと自己紹介すると、「青春真っ盛りだね」と眩しげに目を細められる。 そんなにいまって眩しい時期なんだろうか? 残念ながら私は眩しさを微塵も感じられない、暗い日々を送っているのだけれど。 今日は一学期の終業式。明日からは夏休みだ。 周りのクラスメイトはどこに遊びに行くやら、部活が大変だ、などと楽しげに会話をしている。 残念ながら私にはその会話ができる友達がいない。 毎日家のことを手伝うために(私は何よりも家事をやるのが好きだ)毎日授業終了のチャイムが鳴れば学校を後にし、部活も何もやっておらず、加えて人見知り。 この現状でどうすれば友達ができるというのか。 気づけば中学二年生の夏になってしまったし、ここから友達なんてできる気がしない。 土日はずっと家にいると親に不審がられてしまうから図書館に通っているけれど、どうも親から見ると友達と遊びに行っているように見えるらしい。 明日からの夏休みもそういった偽装工作を行って、私は眩しい青春生活を作り出すのだ。 うう、自分で言ってて悲しくなってきた。 「今日の日直、悪いが全員帰った後に忘れ物がないか確認して帰ってくれ」 なんとなく察しはつくと思うが、今日の日直は私だ。 一学期最後の号令をかけて、いつもなら我先にと出て行ってしまう教室の椅子に腰を下ろす。 周りのクラスメイトはざわざわと落ち着きなく話をしていて、まだまだ帰る気配はない。 早く帰ってくれないかな、ときわめてワガママな思いを秘めつつ、クラスメイトがいなくなるまで机に臥せっていることにした。 こうすれば誰も私に話しかけてこないし、無駄な時間を使うこともない。 ざわざわが静かになったところでまた顔を上げよう、そう思いつつ私は静かに目を閉じた。 肩を軽くたたかれる感覚がする。私にわざわざ触れてくるなんてどんな奇特な人なんだろう? ちょっと待って。私はいつの間に寝ていたの? 慌てて体勢を起こせば、肩をたたいてくれていたらしい声の主は頭上で「おっと」と声を漏らした。 そちらを見れば、さすがに私でも知っている人物がいた。 涼しげに眼を細めて、おそらくこちらを見ているのであろう長身の男子。 立海大附属中で知らない人はいないと思われるであろう、男子テニス部のレギュラーの一人。 「あの、柳先輩がどうしてここに?」 「校内の見回りをしていたら居眠りをしていたからつい、な」 柳蓮二先輩。校内でも大変知名度や人気の高い彼と、一つのクラスの中でもおそろしいほどの存在感の低さを放つ私がなぜ二人で話しているのだろうか。 というより私は居眠りをしていたのか、恥ずかしい。なんてところを見られてしまったんだろう。 起こしていただいてありがとうございます、とお礼を言えば、なんてことはないと言わんばかりに静かにほほ笑んで、柳先輩は私からそっと離れる。 この人、こんなに穏やかに笑う人なんだな。 いつも遠くから見ていたから、クールにたたずむ姿しか想像できなかった。 私が起きたことによって任務は終了したと思ったのか、柳先輩はこちらに背を向けて廊下の方へと歩いて行こうとする。 その姿を半分寝ぼけた状態のまま見送っていると、不意にこちらを振り返って、自身のおでこを軽く指さしながら柳先輩はクスクスと笑った。 「おでこに赤い跡がついてるから、しばらくは教室にいたほうがいいと思うぞ」 ではな、と最後に言い残して、柳先輩は静かに教室の扉を閉める。 私は気づいてしまった。 きっと今、私は恋に落ちてしまった。 明日から始まる夏を前に、私は青春を始めてしまったんだ。 END 2020/06/09 ←短編一覧 |