(長編「My cousin!!」番外編)

「おはようございます、里見さん。おや、ずいぶんと顔色が悪いようですが」
「おはよう、柳生君。…この後の朝礼のことを考えたらお腹が」
「ああ、そうでした。跡部君が来るというお話でしたね」



立海と氷帝の交換学生の話は、私の知らないうちに着々と進んでいたようだ。

期限は一年間、お互いの学校から数名ずつ生徒を出し合い、学校生活を送ってもらう。

お互いの学校の長所を引き延ばせるように、短所を補えるようにと計画されたこの制度はとても素晴らしいものだと思う。

しかし、この制度には私にとって重要人物が中心となって関わっているのだ。

その名も跡部景吾。

私の唯一の従兄弟であり、彼氏でもある。

そして私たちの関係は、この立海大附属では私以外に二人しか知る人はいない。

一人は、後ろの席で話している柳生君。

もう一人は、ちょうど教室の前のドアから入ってきた真田君だ。

私の席は前のドアに一番近い席であり、すぐに目が合う。



「おはよう、真田君」
「おはようございます」
「おはよう。今日は朝礼だ、早く体育館に行かねばな」



まさに中学生としての模範である真田君と柳生君に連れられ、早々に体育館へと向かう。

やはり時間が早かったようで、ステージの目の前の位置で話を聞くことになってしまった。

景吾が壇上で喋るとしたら、すぐに私の姿に気づくだろう。

これは寝るわけにはいかない、いや、寝られない。

徐々に集まりだした他の生徒たちは、少しでもステージに近い位置を陣取ろうとした。

普段の朝礼ならありえない光景である。

この現象の理由は間違いなく景吾であり、あのお坊ちゃまはその顔の良さから立海の生徒までをも虜にしているというわけだ。

まったく恐ろしい奴。

口の悪さは知れ渡っていないんだろうか。

交換学生の話と言えば、結局誰が行くことになったのだろう。

やはり一年生か二年生なのだろうか。

期限は一年間だから、もうすぐ卒業を迎える私たちの学年が行くのもおかしな話だ。



「…また高等部でもよろしくねー、柳生君に真田君」
「ええ、よろしくお願いします」
「いきなりなんだ、お前は」
「みっけた!」



なんだ、この肩に載せられた手は。

隣で話をしていたはずの柳生君と真田君の両手は空いていて、これは別の誰かの手なのだとわかる。

しかし後ろから掛けられた声にしても何にしても、多分知らない人だと思う。

他にこんなことをするとしたら友達の歩だろうと思ったけれど、なにしろこの手は女の子の手じゃないのだ。

周りにいる人も不思議そうな目で私の後ろの人を見ているようだし、一体誰なのか。

私が振り返ると同時に、柳生君が小さくつぶやいた。



「あなたはたしか…氷帝の芥川君」
「ねーねー、忍足!この子でしょ!?」
「ようわかったな、ジロー」
「そりゃ跡部の従姉妹っていうんだからさー、顔バッチリ覚えといたC!」



ジローと呼ばれた目の前の金髪の男子がとんでもないことを笑顔で言い放った気がするのは私だけなのでしょうか。

「跡部の従姉妹」というトップシークレットに近い単語を易々と言ってくれた男の子。

こちらへ好奇の視線を向けてくる立海の生徒に交じり、景吾がいつも着ている制服を着た眼鏡の男の子がもう一人。

この人はたしかに見覚えがある、名前はたしか忍足さんだ。

全国大会の時もバレンタインの日に景吾に告白をしに行った時も、この人に会ったのだ。

のんきに挨拶をしてくる彼に悪気はないのはわかっているけれど、この空気をどうしてくれるのか。

周りの生徒は私の顔を見たままで、異様な空気に包まれる。

繰り返される囁き声の中に「いとこ」という単語が含まれていることがよくわかる。

ああ、できることなら三十分前に戻りたい。

そして仮病を使って学校を休みたい…!



「何やってんだ?」
「あーっ、跡部!跡部の従姉妹見つけようと思ってさー」
「…お前わざわざそんなことしに付いてきたのかよ」



タイミングよく体育館に入ってきた景吾は、私と金髪の男の子をすぐに見つけてやってきたらしい。

というよりも、体育館全体が私たちに注目しているかのように思えてしまう。

視線が、囁き声が、すべてがこちらに向かっているような感覚。

私が自らこんな空気を作り出したわけではないということをわかってもらうため、視線だけで訴える。

この金髪の男の子をどうにかしてください、俺様何様景吾様!

不意に誰かが、「いとこって本当なんですか」と問いかけた。

周りで何重に囲っている生徒の誰かだとはわかるものの、声の主は不明。

景吾は否定するのか、それとも黙って肯定するのか。

おそらくそのどちらかだと思う、肯定するとしたら声に出しては言わないはずだ。

この関係は、多くの人に知られたくないみたいだから。

景吾の周りでも知っているのは氷帝のテニス部のレギュラーの人たちだけらしい。

しばらく何も言わずにこちらを見ていた景吾は、何を思ったのか突然近づいてきた。

私の肩に載せられたままの金髪の男の子の手を外し、代わりに景吾が隣に並んで肩を掴んでくる。

え、なんだろう、この手は。



「…不本意だが、こいつは従姉妹だ」
「不本意!?こっちだってあんたと従兄弟になりたくてなったわけじゃ…」
「だが、こいつが俺の彼女だっていうのは俺様の望み通りだ」
「うん、こっちも望み通り…って、はい!?」



思わず見上げてみれば、すぐに近づいてきたのは景吾の顔。

その後の男子のどよめきや女子の悲鳴なんて、私の耳をあっという間に通り過ぎて行った。

残ったのは、唇に残った経験したことのない感触だけ。

目の前でわずかに口端を上げてみせるこの男に、自分はつくづく弱いと思う。



END
2013/08/12

(1周年企画)沢月恵様へ

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