幸村君が優しい人だ、ということは私もよく知っているつもりだ。

私が彼を好きになった理由の一つも、まさにその側面だったのだから。

人によって態度を変える幸村君だったのなら、私もきっと彼のことを好きになったりはしなかっただろう。

しかし最近、自分の心の中で矛盾した感情が芽生え始めている。



「幸村先輩ってさ、彼女いるんだよね?」
「うん、同じ学年の人と付き合ってるんだって」
「へえ…でもさ、奪えたりしないかな?いつも委員会の時に優しくて相談に乗ってくれるの!」



こんな会話を聞くことも、一度や二度じゃない。

同じ学年の子はさすがに私が彼女だということを知っているからなのか聞こえるような場所で噂をしていることはないけれど、他学年の子は違う。

全校集会でたまたま隣の列に並んでいた後輩の会話の中に彼の名前が出てきたため、思わずそちらを見遣る。

明るくて元気そうで、愛嬌のある子。

幸村君のことを好きになる人がたくさんいるのは不思議なことではないけれど、それでも心境は複雑だ。

彼の隣に並ぶ私を、誰が認めてくれているのだろう。

「幸村精市の彼女」という立ち位置にいる私を、誰が祝ってくれているのだろう。

いっそ他の子に譲った方が、周りの皆も納得してくれるのだろうか。

それならその方が良いのかも、という考えは思いつくものの、それを実行する勇気が私にはない。

きっと、自分以外の誰かが幸村君の隣に並んでいたら立ち直れそうにないから。

彼の隣にいることで、私が保たれているような気がするから。





「紀里ちゃん、どうかした?」
「え?ううん、大丈夫。ありがとう」
「そう?最近ぼんやりしていることが多い気がするけど、俺にできることがあったら何でも言うんだよ?」



幸村君の優しさが、今は怖い。

頭を優しく撫でてくれるこの手は、他の女の子にも同じようなことをしているのだろうか。

考えたくないことが、頭を支配していく。

せっかく二人きりでいるのに、考えてしまうのは別のこと。

心配そうにこちらを覗きこむ幸村君への申し訳なさやほんの少しの怒り、あらゆる感情がごちゃ混ぜになる。

この世界が幸村君と二人だけの世界だったならどれほどよかっただろう。

そうしたら、他の女の子と比べることなんてできないのに。

自分の我が儘にも、ほとほと嫌気が差す。





私が幸村君の隣にいてもいいものか。

気が付けばそんなことばかり考えるようになっていて、ため息をつく回数も多くなる。

何度目のため息だっただろう。

廊下を一人で歩いている時にも自然と出ていたらしいそれは、私にとってももはや無意識的なものだった。

急に後ろから肩を叩かれて、初めてその事実に気が付いたくらいだ。



「幸せが逃げるぞ?」
「…柳君」
「暇なら少し付き合ってくれないか」



柳君は何も言わず、しばらく歩いてから校舎脇に置かれているベンチに腰を下ろした。

ここなら、放課後の今も人は来ない。

二人だけの空間が妙に心地よく感じて、静かに目を閉じる。

前までは、幸村君ともこうして隣同士で並んでいるだけで幸せだったのに。

どうして今は、彼が視界に入ると嬉しい気持ちと悲しい気持ちが混ざり合うのだろう。

今でも大好きな気持ちは変わらない。

それでも、傍にはいられない。

他の誰かがいる限り、私は幸村君の優しさを憎んでしまうんだろう。

そんな自分を許せるはずがない。

ゆっくりと目を開くと、隣にいた柳君が静かに立ち上がるところだった。



「何か答えが出せたようだな」
「…うん、ありがとう」
「礼は精市に言うといい」



やっぱり、幸村君は優しい人だ。

これからもその優しさは誰にでも向けられていくんだろう。

私にもきっと、何も変わらない笑顔で優しさをくれるんだろう。

その優しさを憎んでしまった私が悪いだけ。



END
2013/08/05

(1周年企画)春菜様へ

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