「おっ、里見さんや。おはようさん」
「おはよう、白石君」



彼への第一印象は、とても優しい人だということ。

転校してきたばかりの自分に対しても、他のクラスメートと変わらないように話してくれて、不便なことがないようにと気を利かせてくれる。

それは転校から二年経った中学三年生の今でも同じことで、あの優しさは特別なものではなかったのだとも思う。

それでも自分は、彼のことが好きなのだ。

容姿端麗、運動神経抜群、性格も言うことなし。

あなたに欠点はあるのですか、と問いたくなるところだが、彼にももちろん変わったところがある。



「その包帯なんだけどさ」
「うん?どないしたん?」



ずっと気になっていたことを、今なら訊ける気がする。

朝早い学校の昇降口は紀里と白石以外は誰もおらず、二人の言葉と靴を履きかえる動作以外の音は何もしない。

彼女の視線に気が付いた白石は、自身の左手を笑って持ち上げて見せた。

周りの女子は「あの包帯も素敵!」と白石を称賛するが、紀里にとっては不思議以外の何物でもない。

何か怪我をしているわけではなさそうだし、かと言って包帯をしてこない日はない。

それにもう一つ、その包帯をしていることによって起こりそうな問題がある。



「これ、気になるん?」
「うん、日焼けが…」
「日焼け?」
「そんなに左手ばっかりに包帯してたら、真っ白になっちゃうんじゃないかなあって。テニス部だから外で運動してること多いでしょ?」



思いもよらぬ指摘に、白石は一瞬戸惑う。

今まで包帯について聞いてきた人々もいたことにはいたのだが、包帯をすることによる日焼けについて聞かれたことは一度もなかった。

自分ではあまり気にしていなかったが、注意してみてみれば日焼け跡がくっきり残っていたりするのだろうか。

毎日巻きなおしてはいるものの、日々わずかなズレはある。

そのズレをも、彼女はお見通しなのだろうか。

そんなに細かいことに気づいてくれて嬉しい反面、恥ずかしい。

目の前で遠慮がちに指摘してくる彼女にだけは、こんなこと知られたくはなかった。

もっとかっこいい自分でいたかったのに。



「…一回ここで確認しとこか」
「え?いや、そんなに気にするほどでは…私も想像で言ってるだけで」
「ここで確認しとかんと後悔する気がするんや、頼む!」



大きく頭まで下げたこの状態を誰かが見たら、一体どのように思われるのだろう。

わかったから頭上げて、と慌てたように言う紀里に白石はホッと息をつく。

しかし安心したところで、すぐに別の問題が頭に浮かんでくる。

もしもこれで包帯の部分だけ真っ白だったらどうしようか。

彼女がクスクスと笑う姿を想像するのはかわいらしいと思うものの、それが自分に向けられたものだと思うとやっていられない。

自分としてはもっとこう、「かっこいい」部分を強調したいのだ。



「…ちょい待って。心の準備させてもらうわ」
「心の準備?やっぱりそんな気負ってまで見る必要は」
「いやいや、ここは見ようや!一緒に見よう、な!」



他には誰もいない朝の昇降口に、白石の懇願する声が響き渡る。

そのあまりの気迫に圧倒されたのか、紀里はしばらく瞬きを繰り返した後、手を口に添えて静かに笑いだした。

彼はとても優しい人だ。

そんな人でも、こんな小さなことを気にして必死になるなんて。

今まで見たことのない一面を見れたような気がして、得した気分になる。

しばらくは今日のこの場面を思い出して幸せに浸れそうだ。



「うん、それじゃあ見てみようか。その包帯に何の意味があるのかも気になるし」
「んー…まあ里見さんになら教えよか。他の奴には内緒やで?」



ゆっくりと包帯に手を掛けた白石と視線を合わせ、紀里もおもむろに頷く。

息をするのもためらわれる瞬間。

他の誰かが来る気配は、しばらくありそうにない。

もう少し、二人の時間を楽しんでいようか。



END
2013/08/04

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