今日の朝は最悪だ。 寝坊をして、遅刻をすることになった現在。 両親や兄弟は既に会社や学校に出かけているため、必然的に自分が鍵を閉めることになった家を後にして、とぼとぼと歩き出す。 今から全速力で走れば、もしかしたら一時間目の授業には間に合うのかもしれない。 それでも自分にとっては、朝のホームルームに出られなければ学校に行く意味は半分近くなくなってしまうわけで。 ホームルームは既に始まる時間のため、走る気も起きない。 隣の席の彼は、いつもホームルーム前には必ずいるはずの自分が見当たらず、どう思うのだろうか。 寂しいと思ってほしいのが本音だが、さすがにそこまで期待はできない。 いないという事実を気に掛けるくらいの存在でよかった。 彼の視界に入っているなら、それでいいのだ。 恋愛対象に見てほしいとか、そんなことは考えたくても考えられない。 学年どころか校内中で人気の彼なのだ、偶然隣の席になって朝のホームルームが始まるまで雑談を交わす存在になれただけでも充分だ。 秘めた好意を悟られないように、どれほど苦労しているか。 あの朝の十分程度の会話をどれほど楽しみにしているか。 ため息をつく紀里の後ろから、一台の自転車がゆったりと近づいてきた。 「……はあ」 「ずいぶんと優雅な登校じゃのう」 「え?あ、え!?仁王君!」 学生鞄を自転車のかごに入れ、背中にはテニスラケットが入っているのであろうケース。 銀髪を朝日になびかせながらやってきたのは隣の彼こと仁王雅治であり、紀里は呆然と瞬きを繰り返すばかり。 腕時計を見てみても、時刻は朝8時30分。 やはりホームルームは始まる時間であって、彼がここにいるのはどう考えてもおかしいのだ。 いつもならばテニス部の朝練を終えて、教室にやって来るのは8時過ぎ。 そこから紀里と適当な話をして、朝のホームルームに臨む。 もしかして彼は、朝練にも出なかったのだろうか。 「朝はだるい」と愚痴をたれながらも毎日かかさず行っていたのに。 しかし、今ここでそのことを訊くのはよしておこう。 彼は自転車であり、普通に漕いで行っても今ならホームルームの途中で割り込むことはできるだろう。 本当は一緒に歩いて話したいのは山々だけれど、そんなわがままを言えるはずもない。 彼にとって自分はただの隣の席のクラスメートであり、彼女ではないのだから。 「仁王君、今ならホームルーム終わるまでに間に合うから早く!」 「…プリッ」 必死に訴えてくる彼女に、仁王は謎の単語を呟いた後に自転車から降りた。 不思議そうな目を向けてくる紀里に対し、彼は口端を上げる。 彼女が自分のことをどう思っているかは知らない。 この行動をしたことによって彼女が自分を拒否するならば、自分はあっけなく失恋したことになる。 数か月前、席替えをしたころから気になっていた人。 真面目に朝練に出て、ホームルームの時間にも余裕をもって教室に入るようになったのは彼女が隣の席になってから。 「朝練お疲れ様」と声を掛けてくれたのが始まりだった。 そして必要以上に話しかけてこないところも、ますます気になった。 「里見と朝に話さんと一日のペースが崩れるから嫌ナリ」 飄々とした雰囲気のまま横目で彼女を眺める仁王に、その隣で頬を赤く染めた紀里。 自惚れてもいいのだろうか。 二人が思ったことは、同じだった。 END 2013/05/28 (1周年企画)ねごと様へ ←短編一覧 |