彼と自分との間にあらゆることで価値観の差があることはわかっていた。

そしてそれは、埋めようがないということも。

それなのに彼は、唐突な提案をしてきた。



「お前は午前、俺は午後のプランを考える。それを今度の日曜に一日実行するぞ」



わかりにくいが、これはデートの誘いである。

紀里が何か反応を返す前に彼の中では決定事項となっており、ちゃんと決めておけよという言葉と共に彼は去っていった。

帰り際に唐突に宣言をして帰っていった彼の後ろ姿を呆然と見送った後、紀里もまた自分の家の扉を押し開ける。

とりあえず、計画を立てなければ。

どんなことをすれば彼が喜んでくれるのかはまったくわからないが、手当たり次第に当たってみよう。





ついに当日になった。

前日まで悩みに悩んだ紀里の目の下にはクマができており、それを見つけて彼は喉を鳴らして笑った。



「…それじゃあ午前中は私に付き合ってね」
「そのつもりだ」



歩き出した紀里に、跡部も後ろからついていく。

日本の中で知らない人はいない財閥の御曹司を連れて、街中を歩くこと。

なかなかできない経験ではあるが、それよりも彼女の中では不安がのしかかっていた。

考えに考え抜いた末、ありきたりな計画になってしまった。

それは自分たちにとっては平凡なものではあっても、住む世界の違う彼にとっては非凡なものであろう。

水族館に行って、そこで行われたショーを見て、時間があったらカフェに入って。

計画通りのことは順調にできたものの、彼が楽しんだという絶対的な確信はカケラもない。

つまらないことにはつまらないと言いそうな彼だが、午前の間はそのような言葉が聞かれることはなかった。

昼を過ぎると、今度は跡部が作成したプランでデートは続行される。

貸し切りのプラネタリウム、自家用のヘリコプターで都内を見て周る。

社会的地位がなければできないことを、中学三年生という立ち位置で平然とやってみせる自分の彼氏。

もちろんデートはめったにできない体験もでき、楽しむことはできたが、彼にとってはどうだったのだろう。

今日一日、彼はそこまで楽しそうには見えなかった。

紀里の楽しむ様子を見て、それに付き合うかのように小さく笑って見せて、それ以外はずっと考え込んだように黙ったまま。

跡部が予約をしていたフレンチ料理の店を出て、広がる海岸線を二人で歩く。

月の光は穏やかで、波の音も静かに響く。

周りにいる人もゆっくりと歩く人ばかりで、都内だというのに騒がしさを忘れた。



「…紀里」



きた、と思った。

紀里の中では薄々わかっていたことだった。

彼から突然デートを提案してきた時に気づき、今日一日浮かない顔をしていた彼を見て確信した。

自分はここで、振られるのだろう。

まさに別次元で過ごすかのような彼と付き合うことができたこの数か月間は、一生の思い出にしよう。

そんなにきっぱりと忘れられるわけではないだろうし、泣きもするだろう。

それでも自分に彼を止める権利はない。

付き合ってもらった、というような関係に近いのだから。



「お前が見ている世界を俺様に教えろ」
「…え?」



数歩先を歩いていた紀里が振り向くと、予想以上に近い場所に彼がいた。

思わず身を引きかけた彼女の背中にあっという間に腕を回し、逃げないようにしっかりと胸に引き寄せる。

混乱した表情をしている紀里の肩や頭を強く抱き、跡部は試すかのように小さな声で囁いた。



「今日一日俺の顔をずっと窺うように見てた理由を言ってみろ」
「…私が考えたプランなんて、景吾にとってはつまらなかっただろうなって思って」
「最初からお前に合わせようと思ってるわけじゃねえ。もちろん俺に合わせろとも思っちゃいねえよ。だからその代わりに」



教えてくれ、という言葉が紀里の心に響き渡ると同時に、彼女の頬に小さく唇が触れた。

じんわりと熱くなる頬に、思わず涙がこぼれた。

そしてその涙を拭って、彼は朝のように笑った。



「今日一日、俺は悪くなかったと思うが…お前はどうだ?」



言葉の代わりに返ってきた口付けに、跡部は柔らかく微笑んだ。



END
2013/05/10

(1周年企画)如月水城様へ

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