人にはそれぞれ良いところがある。

そのことはわかっていても、やはりため息は出てしまうもの。

もっと目の前に出ることができたなら、アピールできたなら。

自分にないものを望んで、そのことをできる人たちを羨ましがる毎日。

こんな日々をもう終わりにしたいという気持ちはある。

それでも毎日、その気持ちは拭いきれないもの。



「幸村先輩、これよかったら食べてください!」
「今日も応援に行くね、頑張って!」
「ありがとう」



自分の好きな人に、好きだという気持ちを伝えられること。

これは大きな勇気が要ることだ。

本人を前にして様々な贈り物や応援の言葉を掛ける他の女の子たちが、紀里には眩しく映る。

そしてそんな彼女たちの声に一つ一つ丁寧に対応している幸村精市という先輩を見ると、心がきゅっと掴まれるようになる。

屋上の庭園で、花に話しかけているところを見たのがきっかけだった。

誰もいない屋上で、じょうろを片手に優しく声掛けをしていた彼。

ほんの気晴らしのつもりで上がった屋上でそんな出会いをして、気が付けば一方的に片想いをしていた。

きっと彼は、自分のことなど知らないだろう。

学年も違う、委員会も違う、所属する部活も違う。

何一つ接点がない上、他の女の子のように話しかける勇気もない。

胸が高鳴るときは、移動教室の時に偶然廊下で見かけた時や、彼の声が遠くから聞こえたとき。

隣ですれ違った時や、一瞬でも目が合いそうになったら数日間はテンションが上がったまま。

その程度の、淡い一方的な恋。

今日もまた、放課後の部活に向かうために校舎から出ようとする幸村とは真逆の方向を突き進む。

この前の冬から、屋上庭園の一部を借りて育て始めた花。

その花が、この春にそろそろ咲きそうなのだ。

階段を上がって屋上に出ると、すでに日が西に傾き始めていた。

すぐに目につく大きな花壇は、幸村が管理しているもの。

そしてそこからさらに歩き、屋上の隅にある小さな花壇。

そこが紀里がひそかに育てている花が植えられた場所である。

隅とはいっても日当たりは抜群で、その地面には黄色い花が咲き始めていた。

幸村の影響を勝手に受けて育て始めた花だったが、やはり数ヶ月手塩にかけたものが育つとなれば嬉しいもの。

今度休日にでも写真を撮りにこようかと、自分だけの花壇の前にしゃがみこんだ。

そしてその彼女の後ろ姿に近づく人影がいることを、紀里はまだ知らない。



「クロッカスか、かわいらしい花を育てるんだね」
「ゆ、幸村先輩!?」
「ふふ、俺の名前を知ってるんだ?」



ひょっこりと現れた幸村に、紀里は硬直する。

そんな彼女の表情を気にした様子もなく、幸村は隣にしゃがみこんで花壇の土に手を添えた。

あたたかな温もりが、掌を通して伝わってくる。

白い指先を地面につけたまま、幸村は隣で固まったままの紀里の顔を覗きこんだ。



「実を言うと俺も君の名前、知ってるんだ。毎日ここにやってきてこの花の世話をしていたよね?」
「え、いや、あの、はい」



隣ですれ違えただけで喜んでいた存在が、今隣でしゃがみこみ自分に話しかけている。

顔は熱いし、背中にあたる西日もちょうどいいはずなのにやたら熱く感じる。

普段ならば彼はすでに部活に行っている時間のはずだ。

屋上で鉢合わせるのも気まずいと一方的に思い、紀里はわざわざこの時間を選んで屋上に来ているのだ。

偶然会えるだけの存在だと思っていたのに。



「ねえ、里見さん。今度俺と花を見に行かない?今の季節に蒔ける花で、綺麗に咲くもの」



冬の寒い時期からじょうろに水を汲んで花の世話をしていた彼女に恋をしていたなんて、誰にも内緒だった。

それでも今度は、彼女と同じ花を世話したいと思ったのだ。

二人で一緒に、同じ花を。



END
2013/04/21

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