あまり見たくはない光景を見てしまった。

赤点の罰則だと言われて英語の補習を受け、いざ時間を見てみれば放課後の部活は終わってしまった後だった。

しかし今週はテスト週間。

いつもより早めに部活終了時刻が設定されているため、いまだに夕焼けが眩しいくらいだ。

これならコートに行って少しは打つことができるだろう、と駆け足で職員室から教室へと向かう。

荷物を持って、部室に行って、最速スピードで着替えればきっと間に合うはずだ。



「よっしゃあ、これで部活に行けるぜ!……って、あ」
「………え」
「お、おう…そんじゃ!」



誰もいないと思っていた教室で盛大な独り言を言いながら机の横の荷物を肩に掛けて顔を上げてみれば、教室の中には一つ人影があった。

赤也の席が廊下側の最後列、対してあちらの人影は窓側の最前列。

まさに対角線上の場所にいたその人影は、彼にとって会いたい存在であり、かつ今は会いたくない存在でもあった。

思わず逃げるように教室を後にしてしまったが、赤也はそっと廊下側の窓から教室の中を覗く。

夕焼けの逆光の中で表情などは読めないが、たしかに彼女は窓の外を眺めている様子がある。

そしてその方角にあるのは、間違いなく―…。





「真田副部長のバカ!」
「バッ…!?いきなりなんだ、赤也!」
「なんで副部長なんスか!なんで!なんで!」



一人自主練習をしていた真田が部室に戻ってくるや否や、赤也が真田に駆け寄って彼の胸倉をポカポカと叩く。

後輩からの突然の暴言と小さな暴力に面食らうも、次第に状況を掴んだ真田が赤也の後ろ襟を掴んで自分から引き離した。

それでもなお、赤也は睨むように真田を見ている。

一体いきなりなんだというのか。

あまりの出来事にどこから訊けばいいのか口をパクパクさせている真田の後ろから、一人の男が現れた。



「どうやらお前は赤也の恋路を邪魔したらしいぞ、弦一郎」
「蓮二!?お前帰ったのでは…」
「なに、部室で一人帰る準備をしていたら赤也が飛び込んできてな。いろいろ事情を聞かせてもらったんだ」



取り乱した様子で話にならない赤也はそのままにして柳の説明を聞けば、大体の内容はこういったものだった。

赤也が教室に行った時にいた紀里が、テニスコートの方角を見ていたこと。

慌ててテニスコートに向かっていれば、そこにいたのは一人残って練習をしていた真田だけ。

部室に行って柳に訊いてみても、「この20分ほどは弦一郎しか練習していないはずだが?」と言われ、他の部活も練習をしている様子はない。



「つまりはその女子がお前の姿を教室から見ていた、というわけだ」
「だからなんだというのだ」
「その女子がお前に対して恋愛感情を持っている、と早合点しているのだろうな」
「…くだらん」



すべての説明を受け、やっと納得した様子の真田が目の前の赤也に視線を戻す。

今や赤也は興奮状態を通り過ぎ、落ち込み状態に入っていた。

心なしかいつもは自由にハネている黒髪も元気なく垂れ下がり、顔もうつむき加減だ。

相変わらず喜怒哀楽が激しい後輩だ。

しかしどれほど訴えられても自分にはどうすることもできないため、真田は赤也のわきを通り抜けて自分のロッカーへと向かう。

着替えを始めれば、後ろで柳と赤也が話し込んでいるのが聞こえてきた。

他にその声をさえぎるものは何もないため、必然的にその会話は真田の耳にも入り込んでくる。



「弦一郎とその女子に何か接点はないのか?」
「たぶんないッス…男子とあんまり話してるところも見たことないですし、ましてや真田副部長みたいな話しかけづらい先輩になんて」
「誰が話しかけづらい先輩だ、たわけが!」
「ひぃいいっ」



最後に制服の第一ボタンまできっちりと締め、振り返りながら赤也を一喝した。

過大に敬えとまではいかないが、多少なりとは先輩への礼儀を示してほしいものだ。

戸締りを確認して部室から出れば、柳と赤也も続いて出てくる。

鍵を閉めて二人の下へ行けば、彼らはまだ赤也の恋愛相談をしているらしい。

真田が隣に並んだのを確認した後、ゆっくりと歩き始めた。

夕焼けが驚く程に眩しい。



「はあ…なんで真田副部長のことなんか見てたんだろ、里見の奴」
「ほう、里見というのか」
「…里見?」



聞き覚えのあるその苗字に真田が反応を示すと同時に、ちょうど通り過ぎようとしていた昇降口から一つの影が出てきた。

その影は赤也たちを見るとすぐに足を止め、こちらに背を向ける。

同時に固まる赤也、立ち止まった赤也につられるかのように振り返った柳、そして目を見開く真田。

その場で一番早く声を出したのは、彼女のことを知らないであろう柳だった。



「ひょっとすると里見か?」
「え?ええ、まあ」
「そうか。少し待っててくれ…赤也、今こそ彼女に訊くいい機会だ」
「ええっ!?いきなり何言ってるんスか、柳先輩!」



彼女に聞こえないくらいの声で囁く柳に対し、大声で身を引く赤也。

一応アドバイスをしているつもりなのだが、この後輩には何もわかっていないらしい。

柳が珍しく焦りの色を顔に浮かべるのと同時に、先ほどまで固まっていた真田から一言発せられた。



「…里見」
「お疲れ様です、真田先輩」
「えっ、えっ!?真田副部長、里見と知り合いなんスか!?」
「委員会が同じなのでな、里見と聞いたときにまさかとは思ったのだが」



思わぬところで真田と彼女の関係性が繋がった。

委員会が一緒ならば、彼女が真田を見ているのも納得だ。

憧れの先輩、というやつなのだろうか。

やっぱり見間違いじゃなかったんだ、と赤也の脳裏に暗いことばかりが思い浮かぶ。

ほとんど話したこともないクラスメートに片想いなんて、しなければよかった。

友達と話している彼女の笑顔に知らぬ間に心を奪われることなんて、なければよかったのに。

またもや石化した赤也の耳に、真田のとんでもない言葉が入り込んできた。



「今日の練習には赤也がいなくてすまなかったな、なるべく早く来いと言っておいたのだが」
「え!?あ、いや、いいんです!あの、私本当に見れたらいいなってくらいなだけですから」
「しかし…」



なぜ、自分の名前が出てきたのだろう。

赤也がネガティブな思考を止めて顔を上げると同時に、彼の隣で人知れず笑ったのは柳だった。

全てに合点がいった。

おそらく彼女も、赤也のことを―…。



「弦一郎、少し話がある。赤也は彼女と話してきてくれないか?」
「む?」
「な、何言ってんスか、柳先輩…!」
「案ずるな、赤也。ほら、彼女が待っているぞ?」



少しだけ、後輩の手助けをしてやろう。

二人で話している様子を離れたところから見ていれば、赤也が彼女の手をギュッと掴んだのが見えた。

うまくいったのだろうか。

その様子を共に見ていた真田が突如走り出して赤也の頭をたたきに行くのを、柳は止めることができなかった。

副部長の保護の下にある以上、赤也と紀里が恋愛関係になるのは少し時間がかかるのかもしれない。



END
2013/02/18

(1周年企画)青蘭様へ

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