「キャーッ、跡部様ぁあ!!!」
「素敵ーっ!」



外から悲鳴に近い金切り声の女子たちの声が聞こえる。

紀里は「はぁ…」と息をつき、右手に持っていたペンをギュッと握り直し、再び机の上に開かれたファイルの書類に目を走らせ始めた。

生徒会長と美化委員会の副委員長。

密かに想いを寄せていた相手、生徒会長の跡部景吾とは関わりが生徒会のことしかない。

一年のときも二年のときも廊下で少しすれ違う程度。

クラスも三年間ずっと違った紀里にとっては生徒会は最後のチャンス―と思っていたのだが。

生徒会長と副委員長じゃ…なぁ

思っていたほどの関わりもなく、一年や二年のときと変わらない程度の関わりしかない。

生徒会長とはいえ全国常連の男子テニス部部長でもある彼。

さらには周りには【自称跡部様ファン】という厄介な集団付き。

跡部景吾に必要以上に接しようものなら裏で何があるかなど目に見えている。

そんな集団でも気持ちを彼に伝えられない私より余程いいと思えてしまうけれど。



「このまま失恋決定、か」



ふぅ、とまた息を吐き窓の外を見ると晴れ渡る快晴。

机に肘をつき空を見ていると、再び黄色い声が聞こえてきた。

そして大好きな彼の声も。



「一旦休憩だ!」
「「はい!」」
「跡部様、お疲れ様です!」
「タオルを!」



彼が休憩を告げるとそれに答える部員の人の声、そしてファンクラブの人の彼を労る声。



「休憩…か」



じゃあ私も途中まで出来た書類を生徒会室に提出しに行こう、と紀里は席を立ち上がった。





キュッキュッと悲しい程に自分の足音が響き渡る廊下。

今日は休日。

廊下の窓から見えるグラウンドからは部活動に熱を注ぐ生徒や歓声が聞こえてくる。



「私も早く仕事終わらせて部活に顔出さないと」



紀里は心なしか早足になりつつ窓の外を眺めながら生徒会室へ急いだ。



―コンコン

一応はノックするものの休憩中とはいえ部活中の彼からの返答があるはずもなく。

主のいない生徒会室に



「失礼しまーす」



と小声で呟きながら紀里は部屋へ入った。

出来上がった書類を数枚手にし奥に置かれた机に近寄る。

机上には【生徒会長:跡部景吾】のプレート。

几帳面にファイルやノートが立て掛けられているものの、書類をピラッと置いて帰っていいとも思えない。

「どうしようか…」

と紀里が机の前で立ち尽くしていると、音もなく生徒会室の扉が開いた。



「誰だ?」



振り向けば三年間想いつづけた彼がドアノブに手を掛け警戒心丸出しで私を見ている。



「跡部君…?」
「跡部君、だ?俺様をそんな風に呼ぶ女なんてこの学園にいたのか?」



顔が逆光でよく見えねえな…

跡部はツカツカとタオルを肩にかけたまま紀里に近寄った。

そして顔をグッと近付け確認すると、ホッとしたように口を開いた。



「里見か、どうした」
「私の名前知ってるの?」
「だからなんだ」



まぁ座れ、と跡部は自分専用ソファーに膝を組みながら腰かける。

紀里もおそるおそる向かい側のソファーに座った。



「で?生徒会室に忍び込んでまで何か用事か?」
「…ごめんなさい」
「別に怒っちゃいねぇよ」



これを、と手に持っていた書類を両手で差し出すと「ああ」と跡部君は納得し片手で受け取った。

もう片方の手は肩にかけたタオルで額の汗を軽く拭っている。



「美化委員会副委員長、吹奏楽のサックスのパートリーダー。兄一人、両親健在だが父は単身赴任中で得意科目は」
「ちょ、ちょっと待とう、ちょっと待とう」
「あーん?」



突然紀里のことをペラペラと話しはじめる跡部の様子に紀里は思わず待ったをかける。

跡部は不服そうに紀里を窺うが、フンと鼻を鳴らし続けた。



「お前がなんで名前知ってるのか、って聞いてきたから答えてやってんじゃねぇか」
「え、それって答えになってる?」
「生徒会長の俺様には生徒会役員の名前なんざ覚えてるのは当たり前、ってこった」
「あぁ、そういうことか」



一応私も生徒会の役員の一人だった、と紀里は思い出す。

ただ三年間、自分の顔も名前も覚えられずに終わると思っていた好きな人が自分の存在を知っていたというのはかなり嬉しかった。

跡部が話し終えて書類に目を通し始めたためにしばらく沈黙が続く。

すると次第に外からテニスボールを打ち合う音が聞こえてきた。



「まぁ、途中経過としてはこれでいいだろう」
「…ん?」
「どうした」



跡部から了承を受けた書類を受け取りつつ、紀里はとあることに気付き声を上げる。

跡部は怪訝そうに紀里を窺った。



「…テニスボールの音」
「そうだな」
「跡部君、ここにいるのに」
「あーん?」
「部活は…?」



言ってから跡部の強い眼力に押され「いや、責めてるわけじゃなくて」とモゴモゴ言うと跡部は「ああ」と納得したように口を開く。



「お前、まだ書類仕上がってねぇよな?」
「え、うん」
「俺様が手伝ってやる」
「…は?」



部活は榊先生に任せときゃ大丈夫だろう、と跡部君は言う。

けれどやはりここは部長として…



「部活行っても大丈夫だよ?書類仕上がったらそこの机に置いとくから」



そこ、と紀里はプレートの置かれた机を指さす。

すると跡部はハッと鼻で笑い紀里を意地悪く見据えた。



「そういや美化委員会だけ書類提出が終わってねぇんだよなぁ?」
「うっ」
「俺様としては早く提出してもらって部活に専念してぇんだが…書類が仕上がってこねぇと部活の時間に気になってしょうがねぇ」
「す、すみませ…」
「言いたいことは分かったな?」
「…早く提出して跡部君に部活に専念していただきたいです」
「いい子だ」



跡部君に上手く言いくるめられた感が否めないが、どうやら私の書類が跡部君の部活への集中力に関わってくるようで。

でも、と最後の抵抗に

「大会近いんじゃ…」

と言ってみても

「部活を理由に生徒会の仕事を疎かにはしたくねぇ」

と片付けられ。

結局、紀里は跡部に押し切られる形になった。



「…早く終わらせるね、跡部君」
「あぁ、待っててやる」



じゃあ仕上げてくる、とソファーからファイル片手に腰を上げると跡部は不思議そうな顔をした。

そして座った状態で紀里のファイルを持っていない方の腕を掴む。



「どこ行く気だ?」
「いや、自分の教室で仕上げてくるから」
「ここでやりゃいいだろうが」
「…はい?」



俺様は効率重視だ、と跡部君は言い張り生徒会室で書類を仕上げることになる。

跡部君とこんなに話せるなんて…いい思い出になりそう

後にも先にもないであろうこの機会を感謝しつつ、紀里はファイルを再び広げた。





「跡部様どこです?!」
「跡部様ぁああ」



休憩が終わっても姿を見せない跡部にファンが騒ぎ始める。

ファイルから目を離し、紀里は心配そうに声を掛ける。



「跡部君、ファンクラブの子たちが心配してるよ」
「ハッ、探させとけ。気にすんな」



跡部はフンと鼻を鳴らし書類整理を再開した。

すると「あっ」と思い出したように紀里が跡部に問い掛ける。



「ねぇ跡部君」
「あーん?」
「私の名前や家族構成知ってるんだから、いつも一緒にいるファンの子のこととかもっと詳しいんだよね?」
「…は?」
「だってほとんど顔合わせたことない私のことをあんなに知ってたから」
「生徒会役員だからだ、って言ったろ?」
「そっか、でも生徒会役員だけでも1クラスくらい人数あるのにね…
その一人一人の家族構成とか覚えてるんだね、すごいや」
「…先は長ぇな、こりゃ」



あまりの紀里の見当違いっぷりに「はぁ」とため息をつく。

すると何を勘違いしたのか

「いろいろ記憶力も使うんだね、お疲れ様」

とさらに労りの言葉を掛けられ。

好きな女のことじゃなかったらあんなに知ってるわけねぇだろ…

跡部は内心で肩を落としつつ、「まあこの方が落とし甲斐があるってもんか」と一人口元をほころばせた。



END
2010/03/25

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