友達が祝ってくれた。 家族も祝ってくれた。 それなのに、このモヤモヤとした気持ちはなんなのだろう。 帰りのホームルーム終了の号令を前に、紀里はひっそりと自分のカバンの中の携帯を見た。 何度画面を光らせてみても、そこに求める文字はない。 今日何度目かわからないため息をつきながら「さようなら」の号令と共に頭を下げ、脱力した様子で紀里は椅子に座りこむ。 その姿を横目で見ながら、隣の席の人影は口を開いた。 「号令が終わる前に携帯をいじるのはどうかと思うが」 「…ごめんごめん、バレてた?」 「お前の鞄の中で画面が光るのが見えたからな」 周りの喧騒の中でもよく響くその声は、さすが全国大会制覇のテニス部部長だと思わせる。 咎めるような視線を向けてくる手塚に対して小さく謝り、紀里は帰りの準備をゆっくりと始めた。 オレンジ色に染まっていく周りの風景に、一向に鳴ることのない携帯。 やはり彼は、誕生日など忘れきっているのだろうか。 もしかして、昨日の電話のことを怒っているのかもしれない。 しばらく文化祭の準備で会えそうにない、と言ったことで少し口論になってしまったのだ。 「…それしかない」 「いきなり独り言か」 「…ごめん」 「…その内容は跡部のことだとは思うが、少しはため息を抑えることも重要だと思うが」 「うん、ごめ……って、え!?」 なぜ手塚がそんな話題を出してくるのか。 いきなり「跡部」という核心をついた単語を出されたことに、紀里は隠しもせずに動揺した。 たしかに手塚と跡部が知り合いだということは聞いている。 しかし紀里と跡部の関係について知っているような口ぶりの手塚に、何も言えずに目だけで訴えかける。 もしかしてご存じなのですか、といった意味を篭めて。 「…跡部から聞いている」 「……手塚君に話してるとか聞いてない…!」 「…あいつは人の誕生日を忘れたりするような奴じゃない。それだけは言っておこう」 先ほどまでは着信がないかと心待ちにしていた存在に思わず殺意が芽生えかけるも、その直後の手塚の言葉によってその芽はあっという間に摘み取られた。 代わりに不安という芽が顔を出す。 自分だってわかっているのだ、跡部が誕生日を忘れるような人ではないということは。 しかしだからこそ、ここまで連絡がないと不安なのだ。 彼にとって祝う価値のない存在になっているのではないか、と。 押し込めていた気持ちがじわじわと胸の底から出てくるようで、比例するかのように目が熱くなる。 その様子を見ていた手塚が、遠慮がちに手を伸ばした。 気づけば、夕焼けの光に照らされた教室には二人しか残っていない。 「…里見」 「手塚てめえ…!」 「…跡部か」 「景吾!?」 あと5センチでも手を伸ばせば紀里の髪に指がつく、というところだった。 静寂の教室を破るかのように開けられたドアの向こうに、本来ここにはいないはずの人物が現れた。 興奮冷めやらぬ様子で紀里と手塚の元へと近づくこの人物に、手塚は落ち着いた視線を向け、紀里は目を見開いたまま。 どうやら大きく誤解している様子の人物、跡部景吾は座っていた紀里の腕をグイッと引っ張り上げる。 そのまま持ち上げられた紀里を引っ張り込むようにして自分の腕の中に抱き、跡部は目の前の男を挑発的な視線で見た。 普段冷静な男がここまで感情をあらわにするとは、珍しいこともあるものだ。 「人の彼女泣かしてくれるなんてやってくれるじゃねーの、手塚。あーん?」 「………原因はお前なのだが」 「あーん?なんのことだ」 「もう、景吾のバカ!アホ!」 「…チッ、とりあえずこいつは連れてくからな。これから誕生日を祝ってやらないといけねえ」 今にも跡部の腕にかみつこうとする紀里の顔と手塚の表情を見て悟ったのか、跡部は忌々しげに舌打ちをして彼女を抱きかかえる。 肩の下とひざ下の二点を支えた、いわゆるお姫様抱っこ状態だ。 突然の体勢に思わず悲鳴を上げる紀里を静かにさせるかのように、青学の階段を駆け下りながら跡部は囁いた。 「誕生日の楽しみはこれからだろ、あーん?」 散々不安にさせた挙句に、終わりにとびきりの笑顔を作ってくれる。 それが彼、跡部景吾の誕生日プレゼントの一つだ。 END 2013/01/12 お世話になっている方へ ←短編一覧 |