猫を見つけた。

登校途中の電信柱の傍らで、まるで誰かを待っているかのように座っている猫を。

真っ黒な毛並みに、こちらを見つめる明るいオレンジ色の瞳。

野良猫なのか、それとも誰かの家で飼われている猫なのか。

登校時間まで時間がそこまでないにもかかわらず、その猫に視線を合わせるかのように身をかがめた。



「…かわいいね、君」



下手なナンパのように猫に声を掛けてしまったものの、その猫はこちらを静かに見つめたまま動こうとはしない。

この様子、誰かに似てる。

自分の知っている誰かに。

誰だっけ、と紀里が思い出す前に、今まで一度も動かなかった猫の視線がちらりと動いた。

その視線の先は、紀里の着けた腕時計。

つられてその時計を見た紀里の顔面は見る見るうちに青くなっていく。

最後に軽く一撫でした後、名残惜しげに立ち上がって猫に背を向ける。



「また会えたらいいね、猫ちゃん」



そんな言葉を残して去っていく紀里の背中を、黒猫はジッと見つめる。

やがて姿が見えなくなると、小さく一声鳴いて猫もまたいなくなった。





あの猫がいったい誰に似ているのか。

一日中考えた後、紀里はついに放課後に思いつく。



「薫君だ」
「……は?」



突然放たれた言葉に、紀里の隣を歩く人物が怪訝そうな声を紀里に向ける。

その人物とは、薫君と呼ばれている本人である。

紀里と海堂が付き合い出して早くも半年。

とはいっても学校生活の中では遠すぎるほどの距離を保ち、放課後の時だけ一緒に帰るような関係。

無愛想で表情を動かさなくて、やたら落ち着いているあの猫。

やはり隣に歩いているこの男に似ている。



「今日ね、学校に来る途中に猫に会ったの。真っ黒な猫」
「…だからお前遅刻してたのか」
「別のクラスなのになんで知ってるの!?」
「チャイムが鳴った後に廊下走ってたらいやでも目に入るだろ」



視線を合わせることなく、淡々と話す彼。

この部分だけはあの猫と違うのかもしれない。

あの猫はやたら目を合わせたまま動かない状態だったのだから。

ちょうど朝に猫がいた電信柱を通りかかるも、そこには誰もいない。



「ここにいたんだよ、薫君に似てる猫」



あの真っ黒な猫はどこに消えたのだろう。

一度海堂と会わせたかったのだけれど。





翌朝、まだ日が昇り切る前の時間帯。

早朝の空気はピンと張りつめていて、夏だというのに少しばかりの涼しさも感じる。

いつもの緑のバンダナを頭に巻き、息をほとんど乱さず走ってくる男が一人。

昨日紀里と一緒に歩いた道を辿るかのようにトレーニングをしていた海堂は、とある場所に目を引かれる。



「…お前か」



住宅街の中の何気ない電信柱。

その傍らに座っている真っ黒な猫。

しゃがみこんで視線を合わせれば、その猫はこちらを静かに見つめる。

薫君に似ている猫、なんて紀里は言っていたが、これは自分ではなく紀里に似ていると海堂は思った。

じっとこちらを見つめるのは、紀里のクセだ。

話を聞いている時や、何かに集中している時、紀里は目の前のものから目を離さない。

そして海堂は紀里のそこが好きなのだ。

一見するとお気楽でマイペースで、何も考えていないように見える彼女。

しかしいつだって話下手だと自分でも自覚している海堂の話を、じっくりと聞いてくれるところ。



「……シュー」



目の前の猫を見ていたら、彼女のことが鮮明に頭に思い浮かんだ。

今日の放課後は、何を話してみようか。





「…なあ」
「うん?」
「あの猫、お前に似てるんじゃねえか」
「どういうこと!?」



夕焼けに照らされた道を歩いていく男女二人。

その二人の影は隣同士に並んでいる。

塀の上からその影を見つめ、一匹の黒猫が小さく鳴いた。

そして二人の背中をジッと見つめてどこかに消えた。

また明日会いましょう、お二人さん。



END
2012/09/14

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