「この作家、アンタ好きなの?」
「うん、好きだよ」



初めて会話を交わしたのは、放課後の図書館だった。

委員会の関係で週に一度、図書館当番をしている越前リョーマ。

彼が他人の顔を覚えるのは珍しいことだったが、猫のような大きな瞳は目の前で毎週本を借りていく生徒の顔を正確に覚えていた。

最初は「よく来るな、この人」程度の認識だった。

何度目かには、カウンターに本と共に差し出された貸出カードで名前も覚えた。


ふうん、『紀里』ね…


次に会った機会には、話し掛けていた。


そして今ではもう、俺の中では…


そこまで考え、リョーマは我に返る。

視界に入れば無意識に追ってしまう彼女が、こちらに近づいてくるのが見えたから。

彼女の腕にはいつもの作家の小説を1番上にして、数冊の本が抱えられていた。

リョーマの目の前にあるカウンターにそれらを置き、紀里は自分の貸出カードを傍らの棚から探し出す。

はい、と彼女から渡されたカードを受けとって貸出手続きをしながら、リョーマはしげしげと一番上に置かれた本を眺めた。



「本当にこの作家の小説、好きなんスね」
「まあね、リョーマ君も今度読んでみてよ」
「本読んでると眠くなるからヤダ」
「そう言うと思った」



クスクスと笑いながら本を抱えると、彼女はクルリとリョーマに背を向けて去っていく。

その背中を見ながら、リョーマは一人笑みをこぼした。

そして傍らの検索機能付きのパソコンに向き直り、慣れない手でキーボードを打ち始める。

放課後の静かな図書館に、その音は小さく響き渡った。





「あれ、越前その本」
「…なんすか」
「ああ、やっぱり」



リョーマがバッグの中を整理しようと中身を近くの机の上に出せば、その中にあった本に興味を示した不二。

放課後の部活が終わった後の部室の中の人数は少なく、二人の会話は周りにいた数人の注目をひく。

菊丸は、注目の的となった本を手に持ち、中身を確認するかのようにパラパラとめくる。

中は細かい文字だらけで、挿絵はほぼないと言ってもいい。



「おチビこんな難しそうな本読んでんのー?熱出そう、熱!」
「どれどれ…うわっ、なんだこれちっせ!」



シパシパと目を瞬かせる桃城を合わせた二人組を呆れたように見、リョーマはため息をついた。

それから不二の方をちらりと見る。

不二先輩も、この作家知ってるってこと…?

視線が合えば、不二はいつもの穏やかな笑みを崩さずに言った。



「あまり有名ではないけど、僕は好きだよ。その作者」
「…そうなんすか」



『あの人』がいつも借りていく作者のことは、正直マイナーなのかポピュラーなのかわからないでいた。

少しでも話題になればいいと思って借りてみた、そんな本。

そこでふと思いついた。



「不二先輩、お願いがあるんすけど」



この作者のこと、詳しく教えてもらえないですか?

あの人と、話をしたいんで。





「すっかり暗くなっちゃったね」
「こんな時間まで図書館にいるって珍しいッスね」
「うん、まあね」



そう言ってあの人がカウンターに置いたのは、またあの作者の本。

本当に好きッスねと呟きながら本を手に取れば、「リョーマ君もね」とあの人は笑う。

そのまま二人小声で笑いあえるのが、何より嬉しくて。

あれから不二に作者のことをいろいろ教えてもらい、オススメの本も貸してもらい、以前までとは比べものにならないほど読書をするようになったリョーマ。

その変化で二人の関係は、以前よりも縮まったかのように思われた。



「いつも思うんだけど、なんで図鑑とかいつも借りてくわけ?」
「んー…いろいろ発見あって楽しいからね」



次は図鑑でも読もうか、とのんきに思いながらリョーマは帰り支度をする紀里を見つめる。

共通の話題が出来たとはいえ、まだまだ告白する勇気がリョーマには出ない。

今日こそ、今日こそと考えて先延ばしにしてしまう。

そしてまた今日も、見送ってしまうのだ。

図書館のドアを静かに閉めていく、彼女の後姿を。



「それじゃ、夜道に気をつけてねリョーマ君」
「……アンタこそ」



じゃあ一緒に帰りましょうよ、なんて言う勇気も自分にはない。

ただ、今の自分に満足している。

週に一度たわいもない話をして、学校内ですれ違った時も挨拶をして。

それだけでいいと思っていた。

彼女の隣に他の男なんていたことはなかったし、どこか安心していたのかもしれない。

紀里を見送ると、既に図書館内に人影はない。

最後に戸締りだけ確認して帰ろう、と電気を消してから窓に近づいたときだった。



「……あ」



ちょうど、紀里が図書館前の窓を通り過ぎたところだった。

外灯に照らされたその横顔が小さく微笑んでいるように見えて、つられてリョーマも微笑む。

何そんなに楽しそうにしてんの、アンタ…

やっぱり送って帰ろうかと、網戸越しに声を掛けるべく口を開く。



「ねえ」
「紀里ちゃん!」
「……不二君!」



目の前で起きたことが、信じられなかった。

どこからか…テニス部の部室のある方向から駆けてきたのは、小説のことを教えてくれた不二で。

そしてその不二を振り返って見た瞬間の彼女は、今までに見たことのないくらい嬉しそうで。

二人並んで歩いていく後ろ姿を茫然と眺めていれば、その二人の後を隠れるようにして話している声が聞こえてきた。

その声の主は、菊丸と桃城である。



「あれって不二先輩の彼女ッスか!?」
「そそ、不二がこの前告白したんだよん♪…不二ってば、1年の頃からずっと紀里ちゃんのこと好きだったからさ、もう幸せいっぱいって感じ!」
「へえ、不二先輩一途ッスねえ!」
「でしょー?紀里ちゃんも不二のことずっと好きだったみたいでさ、やっとって感じだよ、ホント!」



点と点が繋がった。

彼女がいつも借りていた図鑑。

不二があの作者のことを詳しかった理由。

どちらも、ただ好きな人と共通の趣味を持とうとしたのだ。

それは自分も同じ。

しかし、三人の中で一人だけ、結ばれることはなかった。

好きという気持ちは、同じだったのに。



END
2012/08/09

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