夕焼けが山へ沈みオレンジの光が徐々に暗闇へと消えていくときだった。 人気のほとんどない公園でベンチに座り寄り添う男女が二人。 紀里はフッと微笑み、隣に座る彼を見上げた。 「仁王くん」 「なんじゃ」 話し掛ければ隣の彼氏、仁王はちらりと視線を紀里に移し、また正面に戻す。 仁王の銀髪が夕焼けの光で黄金色に輝いている様子に目を細め、紀里はフフッと笑いを零した。 「また一人で笑って気色悪いのう」と軽口を叩くと、彼女は変わらず笑みを浮かべたままでいた。 そしてゆっくりと口を開く。 「時々…ね」 「…ん?」 「仁王くんのことが分からないの」 「ほぅ?」 「仁王くんの…気持ちが見えないの」 紀里は相変わらずの微笑を浮かべたまま、仁王に己の不安を曝す。 仁王は微笑みを浮かべ話す紀里を見て、鼻を軽く鳴らした。 冗談半分で話してるんじゃろ そう思い、ならば自分も、と冗談混じりで返事をする。 「そりゃ詐欺師じゃからのう」 そう簡単に見透かされては困るぜよ、と笑いながら答えた。 すると顔を下に向けて聞いていた紀里が顔を上げる。 「…別れようか」 「なっ…?!」 思わず紀里の顔を見るも、そこには先程と変わらない微笑み。 仁王はぐいっと紀里の肩を掴んだ。 「嘘…じゃろ?」 まっすぐに瞳を見つめるも微笑みは変わらず。 本当、と小さく呟いたかと思うと紀里はベンチから腰を浮かせ立ち上がる。 仁王の手は呆然と空中をさ迷い、顔には珍しく焦りが浮かんでいた。 立ち上がった紀里の顔を座った状態から見上げるように見つめ続ける。 「仁王くんのことが嫌いになったわけじゃないよ」 仁王に向き直った紀里は逆光で顔が見えないが口元は微笑を変わらず浮かべている。 「じゃあ理由は」 「さっきも言ったでしょう」 仁王も立ち上がり紀里の腕を掴むと、紀里は顔を夕焼けへと向けた。 長身の仁王からは彼女の黒髪を見下げることしかできない。 「詐欺師仁王くん…私、どれが本物の仁王くんか分からなくて」 「…?」 「柳生くんが仁王くんに変身してたとき…、私気づかずに柳生くんに抱き着いちゃってっ…!」 そこまで言うと紀里は嗚咽混じりに全てを吐き出した。 「本当に彼女なら仁王くんのこと間違えるはずないのにね?今まで見分けられなかったことなかったけど…冷めちゃったのかなぁ、って」 「紀里!」 「絶対自信あったのに…もう…仁王くんのこと見分けられないくらいっ…仁王くんへの気持ちが知らず知らずの内に冷めちゃったのかもって…」 「紀里!話を」 「ごめんなさい、仁王くん」 最後に悲しげな微笑みを仁王に向け、紀里は走って街角に消えた。 仁王は消えてしまった、掴んでいた腕の温もりを手放した自らの腕をそのままにベンチへストンと腰を下ろす。 あれには理由があるんじゃ― と思うものの彼女はもう戻ってはこない。 紀里が仁王だと思って抱き着いたのに実は変装した柳生だった、というのは勘違いであること。 変装した柳生などではなく紀里が抱き着いたのは本物の仁王だったこと。 冗談半分で柳生のフリをして紀里をからかっただけだということ。 「仁王先輩、他人のフリばっかしてて疲れないんスか?」 「なんじゃいきなり、赤也」 「いや…仁王先輩って他人になりきって嘘ばっか言ってるんで、いざという時に困るんじゃないかなぁ、と」 「いざという時…のぅ」 「紀里さんに愛想尽かされたりとか!」 「紀里は大丈夫じゃよ」 今更になって切原との会話を思い出す。 …紀里 大丈夫だと思っていた甘えが、こんな風になって自分に返ってくるとは。 すっかり日も落ち、外灯に蛾が集まり始める中、詐欺師は一人呆然とベンチに指を組み座っていた。 END 2010/03/24 ←短編一覧 |