「なーにやってんのかなっと」
「うわっ……と菊丸君か。ビックリさせないでよ」
「んー、驚かせるつもりはなかったんだけどにゃ」



とても男子とは思えないような可愛らしいウィンクを飛ばした菊丸に、紀里もつられて笑ってしまう。

その手には、まだ折っている途中らしい紙があった。

放課後の教室には、この二人以外誰もいない。

部活の休憩中に教室に忘れ物を取りにきた菊丸だったが、教室内に見知った姿を見つけて声を掛け、現在に至る。

菊丸は紀里の座る席の隣の机の上にぽすんと軽く腰掛けた。

そして紀里の持っていた紙の折り目をわずかに開いた。

好奇心に満ちた目の中に、すぐさま恐怖の色が浮かんだ。



「どれどれ、この紙は……あ、生徒会通信じゃん!手塚に怒られるぞー」
「生徒会室に行った時に手塚君がいたから少し貰ってきたの。裏が白紙の紙が欲しいからって」
「で、その手塚から貰ってきた紙を…」
「紙ヒコーキにしてみました、と」



二人で紡いで完成した会話にお互い笑い合う。

青学には、一つのある噂があった。

場所は放課後の学校、3年1組前の廊下から突き当たりの階段まで。

用意するものは、裏に願い事を書いた紙ヒコーキ。

その紙ヒコーキを教室の後ろのドアから突き当たりの階段まで真っすぐに飛ばすことができたなら、願い事が叶うというもの。



「願い事あるんだ?」
「うん、まあね。でもなかなかうまく折れなくって」
「へー…じゃあ俺がお手本に折ったげる!」
「本当?嬉しいけど、部活は?」
「大丈夫!今日は手塚も生徒会の仕事だし、休憩がちょっとくらい長くても問題ナシだよん」



じゃあ一枚ちょうだい、と紀里の机の上から紙を取った菊丸は、ぴょこんと机から降り、代わりに椅子に座る。

ついでにペンも、とペンを借りた菊丸は再び紙ヒコーキ作りに専念し始めた彼女の姿をちらっと見た。

そしてその口は嬉しげに緩む。

その表情のまま鼻歌混じりで願い事を書いた菊丸は、慣れた手つきで紙ヒコーキを折った。

菊丸に作り方を一から教えてもらい、紀里も紙ヒコーキを完成させる。



「じゃあ飛ばしに行こ!」
「うん!」


6組の教室から二人並んで歩き、1組の教室へ。

念のために中を確認してみると、そこには誰もいなかった。

よし、と頷き合った二人は、自分の紙ヒコーキを手に持って飛ばす姿勢になる。

自分の紙ヒコーキと紀里の紙ヒコーキを見比べ、菊丸は言った。



「それじゃあ行っくよー!よーいドン!」



明るい声に押されるように、二人の紙ヒコーキは飛び出した。

ふわふわとしながらも真っすぐに進んでいく紙ヒコーキに二人の視線は奪われる。

ゴールとなる階段まであと少し、というところだった。



「……あっ」
「げっ」
「………なんだ、これは」



死角となっていた廊下から出てきた手塚と、紀里の飛ばした紙ヒコーキが衝突する。

紙ヒコーキは当たるやいなや、すぐに床へと落ちてしまった。

一方でちょうど肩に紙ヒコーキがぶつかった手塚は、訝しげに落ちた紙ヒコーキを拾った。

そして、思わず「マズイ」という意味の声を漏らしてしまった二人へ目を向ける。

手塚の背後に怒りのオーラが見えるのは気のせいではないだろう。

そしてそんな気まずい雰囲気の中でも着実に進んでいた菊丸の紙ヒコーキは、ついに突き当たりの階段に差し掛かる。

少しずつ減速していた紙ヒコーキは、上りの階段の途中でぽすんと力尽きた。

その紙ヒコーキの顛末を見送っていた三人が落ちてしまった紙ヒコーキを眺めること数秒。

1番先に動いたのは手塚だった。



「それぞれ質問に答えてもらおう。里見、これはさっき俺がお前にやった生徒会通信で間違いないな?」
「………はい」
「そして菊丸、部活はどうした?」
「きゅ、休憩中ー……かにゃ?」



二人の答えにため息をついた手塚は、階段の途中に落ちた紙ヒコーキも拾い上げる。

手塚が二人に背を向けているその間、紀里と菊丸の目が合った。

すっかり落ち込んだ様子の紀里に、手塚に遊んでいることがバレながらもどこか嬉しそうな菊丸。

「願い事叶うね、おめでとう」と声を出さずに紀里が口を動かせば、笑顔でピースサインが返ってきた。

やがて、紙ヒコーキを両手にそれぞれ持った手塚が二人に近づいてくる。



「紙飛行機は返してやるから、二人とももう帰れ」
「ちょっと待って、手塚!俺の紙ヒコーキさ、開いてみてくんない?」
「……何故だ?」
「今週末の部活について伝えなきゃいけないことがあるんだって!」



それなら口頭で言えばいいだろう、と手塚は菊丸を呆れたように見るが、菊丸は「ほらほら」と促すばかり。

隣の紀里も事情が飲み込めない様子で首を傾げている。

菊丸の勢いに押され、手塚は諦めたように菊丸の紙飛行機の解体を始めた。

そして一枚の紙となった後、菊丸の願い事が書かれた裏面を見る。

それからゆっくりと顔を上げた。



「……で?」
「『で?』じゃないよ、手塚!そういうことだから、今週末の土曜の部活は休むよん」
「………ならば今から真面目に練習に戻ることだな。金曜までの練習の様子で許可するかどうか決めよう」
「えー、手塚ってばケチ……いや嘘だってば、嘘!そんじゃね、紀里ちゃん!」
「あ、うん、バイバイ」



手塚の般若のごとき顔を見て大袈裟にのけ反り、それから紀里に笑顔で手を振って去っていく菊丸。

軽い動きで階段の下の方へと消えた菊丸を見送り、あっという間の出来事に紀里は目を瞬かせる。

その紀里の前に、手塚は一つの紙飛行機を差し出した。

そしてもう一つ、菊丸の紙飛行機であった一枚の紙も。



「……まあ、こういうことだ」
「………あ」



菊丸英二の願い事。

『紀里ちゃんと土曜日にデート出来ますように』と書かれた紙を握る紀里の手が、小さく震える。

その様子を見、手塚も小さく微笑んだ。

あまりにも紀里が嬉しそうな顔をしていたから。



END
2011/12/31

オマケ
「しかし里見、いくら余っていた生徒会通信とはいえ紙飛行機にするのはいかがなものかと思うが」

「ご、ごめん、手塚君…」

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