「真田君、後輩からの告白断ったんだって」 「知ってる、あと隣のクラスの子もフラれたんでしょ?」 聞きたくもない情報が耳に入ってくる。 まるで私を嘲笑うかのように。 まるで私に「色恋沙汰に興味ない男に片思いするなんて愚かな奴だ」と言うかのように。 もちろん、目の前で会話をしている友人二人はしらない。 私が真田君のことを小学生の頃から好きだなんて。 「紀里は小学校から真田君と同じなんだよね?その頃から告白とかされても断るタイプだったの?」 「うーん、どうだろう。でもすごくおとなびてたよ」 「あー、今も中三とは思えない貫禄があるしね…。そういえば聞いてよ、後輩の切原って男子が今朝さ……」 友人二人の会話が真田君から離れたことに安心して、ホッとため息をつく。 そして頭に浮かぶのは、今日の放課後に控える時間のこと。 ついに私は今日、小学校の時からの思いを真田君にぶつける。 フラれることなんてわかってる。 「中学生の身分で恋愛などたるんどる」とか「今はそのようなものに現を抜かしている暇はない」だとか、そんな台詞を残して女子を振るという噂を何回聞いただろう。 この告白に、成功のイメージなんてない。 ただ、このままこの思いを自分の中に押し止めているのはあまりにもつらいから。 前に進めそうにないから。 真田君、どうか私の気持ちを聞いてくれるだけでいい。 受け止めてくれなくたって構わない。 むしろ、そうしてほしい。 そうしたら、私は…―。 放課後の部活が終わり、帰り仕度を終えた真田は部室の扉に手を掛けて振り返った。 頭に被った黒い帽子の位置をわずかに整え、鋭い目で後輩の姿を見る。 「今日の当番は赤也だったな?部室の戸締まりはきちんとしてから帰ることだ、いいな?」 「わかってますよ、真田副部長!ほら、呼び出し受けてんでしょ、女子待たせちゃダメッスよ!」 「むっ!?お前どこでそのような情報を…お前に心配などされる筋合いはないわ!!」 「あー、怒って行っちゃった。それにしても呼び出し受けてんのにあの落ち着きっぷり…やっぱ男としてなんかズレてるよなあ」 赤也の言葉にわずかに目を開いた男がいた。 そして柳は真田が閉めていったばかりの扉を見つめて口を開く。 自然と部室内にいた赤也、そして幸村の注目が集まった。 「俺には弦一郎に落ち着きはなかったように見えたが?帽子の位置をあそこまで念入りに確認する弦一郎は見たことがない」 「…そういえばそうだったね。それじゃあ蓮二、もしかして弦一郎を呼び出した相手って…」 「里見紀里、弦一郎が思いを寄せている相手だ」 「ああ、やっぱり」 「ちょ、えぇ!?真田副部長って好きな女子いたんスか!?」 「……まあ、本人は言っていなかったが」 「バレバレだったよね」 苦笑しあう真田の親友である幸村と柳に、赤也は衝撃の事実を知り茫然としている。 しかし口をパクパクさせていたのもつかの間、赤也は興奮した様子で柳の目の前に近寄った。 ロッカーに寄り掛かるようにしていた柳は、「ん?」と赤也を見遣る。 口元にはどんな意味があるのか微笑を浮かべている。 「じゃあ、じゃあ!呼び出されたってことは真田副部長って両思いだったってことッスか!?」 「ああ、そういうことになっていたな」 そこで赤也はふと疑問に思う。 なっでいた″ってどういうことだ? 現に今、告白を受けているだろうから両思いになっでいる″じゃないのか? そこまで考えて、赤也は気づいた。 目の前の柳の顔に浮かべられた微笑みは、祝福の微笑みではないのかもしれないと。 そして部室内にあるソファに座り、まぶしげに窓からの夕日に目を細めている幸村の表情も、決して明るいものではないということも。 柳から少し離れ、柳と幸村を困惑した様子で見比べて赤也は言う。 「どういうことッスか?もしかして柳先輩や幸村部長もその里見先輩って人のこと好きなんスか…?」 「……いいや、そういうことじゃない」 「実はね、弦一郎は知らないんだけど…」 真田君にお昼休みにお願いして、部活が終わった後に屋上に来てもらった。 いわゆる呼び出しってやつだ。 真田君のクラスでけっこう大きな声で放課後に来てほしいと伝えたせいか、一瞬にして真田君のクラスの注目の的になってしまった。 朝の時間、真田君について噂していた友人二人も話を聞き付けたのか、「え!?紀里、真田君好きだったの!?」とお昼休み以降は質問攻めにあった。 こんな大胆なことが出来るのも、今だから。 今だから、出来ること。 「すまない、待ったか?」 「ううん、大丈夫。こっちこそ突然呼び出してごめんね、ビックリしたでしょ?」 「ああ、まあな。里見とは小学校の時以来同じクラスにもなっていないからな」 夕日に照らされながら屋上の出入口からこちらにやって来る真田君。 私のことを覚えていてくれたのも嬉しいし、きっと私からの用件も真田君にとっては迷惑以外の何物でもないのに来てくれたことも嬉しい。 後ろ手に握っていたフェンスをギュッと強く掴み、それからパッと手を離した。 私も早く、次のステップに進まなくちゃ。 「あのね、真田君…小学校の頃からずっと好きでした」 気持ちを聞いてもらえるだけで十分。 勝手に気持ちをぶつけられて真田君は迷惑でしょう? でもごめんね、私の自己満足に付き合ってほしい。 もちろん、真田君からのキツイ言葉だって私は受け止める。 むしろ、私を突き放すような言葉を言ってほしいなんて…私ばかりムシが良すぎるね。 「……今は?」 「え?」 「好ぎでした″とは過去形ということか?」 『すまない』とか『迷惑だ』とか、否定の言葉を覚悟していた私に予想外な言葉が耳に入ってきた。 過去形なのか、って? 過去形のはずがない、むしろ過去形にすることが自然と出来たなら、告白なんてしない。 この恋を過去形にするために、私は告白を決意したんだ。 そう、強制的に過去形にしなくちゃいけないから。 頷くことも首を横に振ることもできない私をじっと見つめると、真田君は帽子をギュッと深く被った。 真田君の黒い帽子。 たしかおじいさんから貰ったものだっけ。 「俺はお前が今も好きだ。小学校の時からずっと」 「………え?」 違う違う違う。 私が想像していたのは拒否される告白であって、成功する告白なんかじゃない。 だって今成功したって、そんな…―! 真剣な目をした真田君は私に一歩近づき、こちらにそっと手を伸ばした。 そして気づいた瞬間には、真田君に抱きしめられていた。 テニス部副部長である真田君の練習姿を何回見たことだろう。 あの強烈なボールを放つテニスプレーをする真田君の体は、想像以上にガッシリとしていた。 ああ、どうして今なの。 「……俺と付き合ってはくれないだろうか?」 嬉しいのに、嬉しいはずなのに。 どうして私は明日、この学校を離れなければいけないんだろう。 今、流れている温かいものはなんだろう。 嬉しさと悲しさが混じりあった涙が、ジワジワと溢れてくる。 それは目の前にある真田君の制服のワイシャツに染み込んでいった。 「ごめん真田君……私…明日転校するの…」 親の転勤先のイギリスに、と続けたかった言葉は、嗚咽に紛れて言えなかった。 ピクリと体を震わせた真田君は、ますます私の体を抱き寄せた。 あたたかいこの感覚。 何度夢見ただろう、その願いが叶って嬉しいのに…この温もりが今は憎い。 深く息を吐き出した真田君は、私の背中をさすりながらこう言った。 「言うのが遅すぎたのだな…お互いに」 遠距離で頑張ろう、なんてお互いの口からは出なかった。 一方通行が当たり前と思っていた恋だから。 ありがとう、真田君。 ごめんなさい、真田君。 END 2011/12/30 ←短編一覧 |