アイツと関わるとロクなことがない。 こちらが疲れていくばかりだ。 今も忍足さんに話しかけられて赤くなりながら話してやがる。 俺の前以外でもそんな顔するのか? …そういえば忍足さんのファンだ、って前から言ってた気もする。 それでも苛立ってしょうがない。 ファンだろうとなんだろうと…お前は俺の彼女だ。 「…失礼します、忍足さん」 「ん?なんや日吉」 「日吉君…!」 意味ありげな視線でこちらを見てくる忍足さん、俺の彼女だって分かってて話し掛けたらしい。 本当にタチの悪い人だ。 一方の紀里は驚いた顔をして俺の顔を見る。 …無自覚なんだな。 「帰るぞ」 「え?」 「ええやん、俺まだ紀里ちゃんと話したいわ」 「…失礼します」 わざとらしく言ってくる忍足さんの株は俺の中で大暴落中だ。 戸惑う紀里の手を引き、一気にテニスコートから校門へ向かう。 夕方の涼しい風に吹かれていると、だんだんと熱くなっていた気持ちも冷めてきた。 一体何をやってるんだ、俺は。 ずんずんと進めていた足の速度を緩め、引っ張るようにしていた紀里をちらりと振り返る。 少し俯き加減で歩いていた紀里は、俺の視線に気がついたのか、そっとこちらを見遣った。 ぱちり、と視線が合って。 すっかり人通りも疎らな住宅街にいたせいもあって、自然と足を止めた。 すると紀里は目線を下に向け、頭も下げた。 「ごめん、日吉君」 「……は?」 「あの、忍足先輩と話してて…ここまでずっと考えてたんだけど、部活の先輩とあんまり話しすぎるのはよくなかったなって。あのね、でも忍足先輩は憧れの人だけど、」 「わかってるから心配するな」 たどたどしい口調で気持ちを伝えてくる紀里の頭に手を伸ばして、くしゃくしゃっと撫でる。 サラサラと絡み付いてくる髪が心地好い。 正直言って忍足先輩が憧れの人っていうのは気にかかるが、そのすぐあとに逆接の助詞が入ったからヨシとしよう。 ………だが、ここで俺も謝らないと。 一人に謝らせておいて俺は謝らないなんて、フェアじゃないからな。 「………俺も悪かった」 無意識のうちに掴んでいた腕をそっと離す。 学校からずっと強く掴んでいたからか、紀里の腕にはハッキリと赤く俺の掴んだ跡が残っていた。 人の腕を掴んだりすることなんてほとんどないからか、力の加減が出来てなかったらしい。 ごめん、と再び小さく呟く。 忍足さんに嫉妬してる場合じゃない。 きっと忍足さんなら力の加減は完璧なんだろうな、と漠然と思った。 あの人は、女子の扱いに長けているから。 紀里が憧れと言っている気持ちも、いつ一線を越えてしまうかわからない。 ああ完敗だ、という意味のため息をつくと同時に、右手にそっと何かが触れた。 さっきまで紀里の腕を掴んでいた手に、今度は柔らかい何かの感触。 ふと見ると、紀里の左手だった。 「お前、何して…」 「……私、日吉君のことだけが好きだから」 「なっ…」 「忍足先輩の方に行けって言われても、絶対行かないから」 「……ああ」 キュッと手に力を篭めれば、紀里も握り返してきた。 忍足さんにはムカついたけど、紀里から聞けたことに免じてチャラにしてしまおう。 最初の方に書いたことは、撤回しよう。 ロクなことがないことは事実だけれど、コイツに関わると、その何倍も嬉しいこともあるから不思議だ。 END 2011/12/30 ←短編一覧 |