ふと顔を上げたとき、ちょうど教室に入ってきたばかりの仁王が見えた。

仁王が朝練をサボるのはよくあることで、真田以外のテニス部員は仕方ないことだと諦めている。

だってアイツ、朝練いなくても普通にテニス上手いし。

そんな仁王は、今日はいつもと何かが違う気がする。

そうだ、なんか手にラッピングされた袋持ってるんだ。

あれはサイズ的にお菓子か何かだと思うけど、仁王はいつも女子からお菓子を貰うと「ブンちゃんにやる」と部室の俺のロッカーに入れていく。

つまり今日みたいに教室にわざわざお菓子みたいなプレゼントを持ってくることはありえないわけだ。

もうお昼の時間だし、部室に寄って荷物置いてから教室に来たと思うんだけど。

ちょっと聞いてみるか、もしかしたらお菓子も貰えるかもしれないし。

ちょうど仁王が自分の席に座ったところを見計らって、俺も目の前の席に跨がって仁王の方を向く。



「おはよ、っつーかもう昼だぞ仁王」
「おうブンちゃん。今朝も真田は怒っとったか?」
「おお、おまけに赤也も遅れてきたからもうカンカン」
「そりゃ怖いのう」



軽口を叩きながら笑う仁王は、俺と話しながらラッピングされた紙袋を開きはじめた。

思わず何が入っているのか凝視していると、仁王は気にした様子もなく中からクッキーを取り出してパクッと食べる。

なんかクッキーにしちゃ歯ごたえのある音したけど、仁王がお菓子を食べるのは珍しい。

紙袋を指さしながら思わず聞いてしまう。



「なんだよぃ、これ。お前がクッキーなんて珍しいじゃん」
「あー、まあこりゃちょっとワケアリのクッキーでな。ブンちゃんも一つ食べるか?」
「食う!」



ワケアリの意味は気になるけど、今はそんなことより目の前のクッキーだ。

ほれ、とくれたクッキーを「サンキュー」と受けとってすぐに口に入れてみる。

なーに、クッキーなんだからまずいってことは………



「固っ!煎餅かよ、これ!」
「いや本人曰くクッキーらしいんだが…やっぱりブンちゃんでも固すぎると思うか」
「当たり前だろ!」



バリッとした本来では有り得ない噛みごたえのクッキーは、なかなか飲み込むことができない。

それでも仁王は嫌な顔はほとんどせずにバリバリと食べていっている。

…よく考えりゃこのクッキー、ありえないくらいに固いけど味はけっこうイケる。

もう一個食べよ、と紙袋に手を伸ばすとパシンと手を叩かれた。

叩いたのはもちろん仁王で、クッキー片手に「これは俺のもんじゃき」と紙袋をしまってしまった。



「それにこんなに固いクッキー、ブンちゃんはいらんじゃろ?」
「そんなことねーよ、味はそこそこだったし」
「ふーん…」



そう言ったきり、やはり仁王がクッキーをくれることはなかった。





「おや仁王君、今日はずいぶんと急いでいるんですね」
「まあな、ちょっと一緒に帰る約束をしてあるんじゃ」
「えっ、まさか彼女ッスか!?」
「中学生の分際でたるんどるっ!」



あの煎餅クッキーの一件以来、毎日のように仁王はお菓子を学校に持ってきてお昼に食べていた。

なんかザラザラするチョコとか、ちょっとパサパサのケーキとか、どれも食感に問題はあれど味はなかなかのもの。

毎日仁王のところに行って譲ってくれないか頼んでも、必ず一個しか貰えない。

でもなんだかんだでお昼に仁王が何を持ってくるのか楽しみな毎日になりつつあった。

放課後の部活練習後、いつもならめちゃくちゃマイペースに着替える仁王が今日は妙に早く帰る準備を進めていて、部室にいるメンバー全員が気になっていた。

誰が声を掛けても曖昧に言葉を返すだけで、仁王はなんだか焦っているようだ。



「どうしたんだろうな、仁王」
「さあな」



一緒に帰る約束とか言ってたけど、赤也の言う通り本当に彼女でも出来たんだろうか。

今までいろんな女に告られてきた仁王がついに彼女、か。

仁王のこと好きな女がうるさそうだなと考えていると、目の前を仁王が通りすぎていった。



「んじゃ、お先に」



それだけ呟いて飄々と部室から出ていこうとした仁王に被さるように突然大きな声がした。

妙に声張ってるけど、これは多分女子の声だ。



「雅治ー!今日こそは白状なさいよ!」
「ゲッ、紀里…!?なんでここに…!」
「校門前に立ってた先生に『男子テニス部の部室はどこですか』って聞いてきたの、立海の前に一人だけ青学って浮くんだからまったくもう」
「そ、そりゃ悪かったのう、ほら早く帰るぜよ」
「いーえ、今日こそは会わせてもらうんだから」



部室の前でいきなり修羅場になっているらしい現場を見ようとしても、仁王の背中でドアが開いているところから外は見ることができない。

多分仁王の方が背が高いだろうから、言い合っている女子の姿は仁王の背中で隠れているんだと思う。

部室に残っていたレギュラーは唖然として部室の扉、もとい仁王の背中を見たまま。

さすがの真田も口をパクパクとさせたまま動けないみたいだ。

隣にいたジャッカルがこのメンバーの中ではいち早く我に戻ったらしい。



「立海の前で青学は浮く…とか言ってたから青学の生徒か?」
「お、おう多分な」
「…そういえば」



ジャッカルの問い掛けに頷けば、ノートを取り出しながら柳が口を開いた。

その言葉に部室内にいるメンバーは目を向ける。

…相変わらず真田だけは仁王たちの方を向いたままだ。



「仁王の幼なじみは青学に通っていたはずだ、家も隣同士らしい」
「え、仁王先輩幼なじみいたんスか」
「……もしかして紀里さんでしょうか」
「なんだ柳生、知っていたのか」
「ええ、仁王君の家に行ったときにイリュージョンを見破られました。一回したお会いしたことがないので声だけではわかりませんが…」



柳生の言葉が続く前に、外から仁王の焦った声が聞こえてきた。

仁王があそこまで慌てるのは本当に珍しい、本当に幼なじみか何かか?

しかし聞こえてきた言葉は、俺の予想を一瞬にして吹き飛ばした。



「早くブンちゃんとか言う人に会わせてよ、その人めちゃくちゃ料理上手なんでしょ?しかも私のクッキーとかにいつも文句つけるって…!」
「わかったわかった、落ち着け!ブンちゃん、ちょっとこっちに頼むぜよ」
「え…俺?」



思わず自分で自分の顔を指すと、仁王は必死に手招きをしながら頷く。

部室のほぼ全員の視線を受けながら扉に近づけば、仁王がサッと脇に避けた。

そこにいたのは…



「あなたがブンちゃんね、私の名前は里見紀里!ブンちゃんにお菓子作りを教えてほしくてお願いしにきたの」



青学の明るい緑色のセーラー服を着た女は、ハキハキとした口調でこちらを見ながらそう言った。

迫力に押され、そして仁王からの必死の懇願でお菓子作りを監督するようになってから、俺は気づいたことがある。

紀里の家でもう何回目かのクッキー作りを手伝った後に食べたクッキー。



「………お前本当に成長しねーよな」
「え!?そんなことな……固!」



相変わらず煎餅のような歯ごたえのクッキーの感想を言うと、いつも男より元気のある紀里がわずかに目を伏せて落ち込んでいる。

煎餅のような歯ごたえと言ったって、最初に比べれば濡れ煎餅くらいの柔らかさだ。

「やっぱり才能ないのかな」とぶつぶつ呟く紀里の頭にポンと手を置いた。



「そんなに落ち込むなって、また手伝ってやるぜぃ?な?」



正直言って、紀里とお菓子作りをするのはけっこう楽しい。

こいつ、からかうと面白いし。

だからお前のそんな落ち込んだ顔見たくねーし、早く笑えよ。

そんでずっと一緒にお菓子作ろうぜぃ?



END
2011/09/25

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