「うわぁ、雨…」
「だな」



せっかく久しぶりに景吾君と帰れると思ったのに。

天気が邪魔をした。

シトシトと雨が降り続けている外を眺める景吾君の横顔には、今日も熱い視線が集中。

そしてその彼の隣にぽつんといる私には厳しい視線が集中。

正反対の視線を浴びせられることに、私はもう慣れっこになっていた。



「にしても突然の雨だな。教室出たときはまだ降ってなかったじゃねーか」
「まあ梅雨、だしね。この雨じゃ景吾君は迎えが来るんじゃない?」
「あーん?迎えなんざ追い返すに決まってんじゃねーか、今日はお前と帰るって前から言ってただろ」



「な?」と、ふとした拍子に微笑まれるのは正直心臓に悪い。

いつも意地悪で私をからかってばかりのくせに、たまに優しい表情を見せる彼に私はとことん弱い。

景吾君は昇降口から少し出ると、雨の具合を確かめるように手を外へと伸ばした。

制服のポケットに片手を突っ込んで、右手を仰向けに差し出して雨を背景にしている姿は王子様みたい。

周りの女の子が「キャー!」と言って騒ぎ立てるのも分かる気がした。

数秒そうした後、景吾君は軽く手を払ってからこちらへ戻ってきた。

そして私の姿をジッと見た後に、こう言った。



「その様子じゃ、お前も傘持ってねえよな。傘だけでも持ってこさせるか…」
「あ、傘なら…」
「あーん?」
「…ううん、なんでもない」



言おうとした言葉を引っ込め、私はホッと息を吐く。

折りたたみ傘なんて…氷帝の生徒が、ましてや景吾君は使わないよね。

私立のお金持ち学校と言っても、私の家はどこかの会社をやっているわけでも政治家でもない、一般家庭。

だから私のバッグにはいつも折りたたみ傘が入っている。

でも、ここの生徒はたいてい帰る時に雨が降っていたら迎え。

その迎えの車に行くまでの間でも、執事さんのような人に傘を差してもらっている。

出しかけた折りたたみ傘を、バッグの中でギュッと強く握りしめた。

ちょうどその時、誰かがこちらに真っすぐ近付いてくるのを見た。

あの人は、たしか…



「景吾坊ちゃま、お迎えにあがりました」
「あーん?今日は紀里と歩いて帰ると言っただろうが」
「ええ、ですがこのような雨では…」
「歩くつったら歩くんだよ」
「は、畏まりました…」



白髪できっちりと整えた髪型、高級そうな銀縁の眼鏡、スッと伸びた背筋。

景吾君の家の執事さんらしく、私もよく見かける。

名前はたしか高見沢さん。

景吾君はひたすら『歩く』ということを突き通し、高見沢さんは深く頭を下げた。

本物の執事さんを完全に自分のものとしている景吾君は、やっぱり私とは違うとつくづく思う。

景吾君と話したりするのは楽しいけど、たまにこういうことで距離感を感じてしまったりする。

高見沢さんは、頭を下げた後にどこから取り出したのか、傘を景吾君にすっと差し出した。



「それではこちらを使ってお歩きください、坊ちゃまと里見様が一緒に入られても濡れない程の大きさですので」
「ありがとうございます…!」
「いえいえ」



こちらにちらりと微笑みを向けてくれた高見沢さんにお礼を言うと、高見沢さんはますます笑顔になった。

柄のしっかりした、上品なチェック柄の丈夫そうな傘。

私がさっきまでバッグの中から出そうとしていた折りたたみ傘とは大違い。

ところが景吾君は、それを受け取らなかった。



「いや、いらねえ」
「は?坊ちゃま、風邪を引かれては困ります故…」
「紀里、傘出せ」
「…え?」
「お前持ってんだろ、そのバッグの中に」



そのバッグ、と言って景吾君が視線を向けたのは私の持つ学校指定の手提げ鞄。

たしかにこの中に入ってるけど…バレてたの?

おずおずと折りたたみ傘を取り出すと、景吾君はそれを受け取り、バサッと開いた。



「ハッ、ずいぶん頼りねえ傘だ」



景吾君と折りたたみ傘、これ以上ないくらいミスマッチ。

向きを変えたりしてジロジロと折りたたみ傘を品定めする景吾君は、すごくレアな姿だと思う。

最後に宙に放り上げ、見事に一回転させると、景吾君は折りたたみ傘の柄をグッと掴み、私を引き寄せた。



「行くぞ」
「でもこの折りたたみ傘じゃ、景吾君の肩が雨で…」
「………バーカ」



ゆったりした、けれど歩幅の大きな歩き方の景吾君。

それに遅れまいとなるべく早足で言葉を返していると、学校から少し離れた場所で景吾君は立ち止まって私をバカ呼ばわりした。



「バカ!?」
「ああ、バカだ」



景吾君の片手が私の頭の後ろを支え、そこでグッと、鼻と鼻がくっつくくらいまでに顔が近付けられた。

お互いの呼吸が分かる、なんてレベルじゃない。

そんな状況でも、景吾君はいつもの余裕めいた表情で笑っている。

ふ、と顔に冷たいものを感じて上を見れば、そこにはどんよりとした雨雲。



「か、傘は…?」
「ああ、ちょっとこいつは別の仕事をやってもらう予定でな」



景吾君の言葉の意味が分かっていない内に、唇に何かが触れた。

そしてかろうじて横目に見えたのは、他の人から私たちを守るかのように広げられた折りたたみ傘だった。

(by 物書きさんに10のお題)



END
2010/12/30

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