「じゃあ頼んだよ」
「うげぇっ…」
「うげぇっじゃないよ、頑張りな」
「大体これって監督の仕事でしょ?先生がやらなくちゃ意味ない…」
「老人には優しく、って言うだろう?」
「こういうときだけ…」



いつもは『おばさん』の単語でさえ過剰反応するっていうのに。

ヒラヒラと手を振って職員室を出て行った竜崎先生を見送った後、私は先生の机の上にあるノートパソコンを開いた。

元から機械が得意ってわけじゃないし、むしろ苦手な方。

竜崎先生は私が『最初からパソコンを使いこなせてる』と思ってるらしいけど、実際は違う。

生徒会の役員はパソコン出来なくちゃいけないって言うから、これでも家で必死に覚えて使ってるのだ。



「えーと、どれどれ…うわ、このソフト私使ったことないんですけど」



さっき竜崎先生に頼まれたプリントを見て、私絶望。

テニス部の人たちのテニスの成績だかなんだか知らないけど、こと細かく成功率何パーセントとか書かれていて見てるだけで頭が痛い。

加えて、そのデータをまとめるときに使わなきゃいけないらしいソフトは私が使ったことのないソフト。

パソコンを自由自在に使いこなせているわけもない私が、未知なるソフトに手を出すなんて絶対無理。

ここは諦めて帰ろう、こういうのは乾に任せるべきなんだって。

けれど、その考えは私が無理矢理先生にこのプリントを押し付けられた時の会話を思い出して、打ち砕かれた。





「じゃあ数学の課題はこれで全員分、と」
「ああ、里見。ちょっとお待ち」
「はい?」
「これ、やっといてくれんか」
「は?なんですか、これ」



クラスの数学係として、提出された課題を放課後に届けに行った時。

学校の中でもけっこう仲のいい竜崎先生が、課題を私から受けとった後に何かのプリントを差し出した。

反射的にそれを受け取ると、竜崎先生はニヤリと人の悪そうな笑顔を浮かべた。

あ、これ危険なパターンだ…

本能的に思い、すかさず返そうとすると竜崎先生は頑なにそれを拒んだ。



「テニス部のデータをパソコンに打ち込むだけだ、やってくれたっていいじゃないか」
「それだけなら自分でやればいいじゃないですか…!」
「こういう機械は苦手なんだよ」
「じゃあ乾に!乾、こういうのものっすごい得意じゃないですか!」
「乾は…ダメなんだよ」
「なんでですか?」
「『先生は俺を頼りすぎです、たまには自分でやるのもいいかと………あ、あとでデータは頂きますけど』って言ってねぇ…」
「乾にそこまで言わせるってどんだけ頼ってたんですか…」





「まったく先生ったら…」



そこまで思い出して、はあっとため息をついた。

ここで仕事放棄も出来るかもしれない。

けど。



「最後まで挑戦…!」



けっこうパソコン相手でも負けず嫌いだったりするから、まだ放棄はしない。

いざとなったら乾にお願いしよう、怒られるのはきっと竜崎先生だ。

そう思い直し、ちらっとプリントに視線を向け、1番上にあった名前を打ち込んだ。



「手塚国光、と…あれ、入力されてない?ちょっと手塚…」
「呼んだか?」
「は!?」



なんの罪もない手塚の名前を少し苛立ちながら言うと、それに答える声がした。

あれ……この声、私知ってる。

ちらりと横を見ると、ご本人の手塚が私が悪戦苦闘するであろうパソコンの画面を冷静な目で見ている。

次に机に置かれたプリントに目を向け、そして私へと視線を向けた。



「里見、なぜお前がこのデータを?」
「竜崎先生に丸投げされたの、乾が引き受けてくれないからって」
「そうだったのか…すまないな」
「いや、手塚が謝る必要は……あ、じゃあ手塚がやってくれない、これ」
「それは断る」
「えー……」



お前が任された仕事だろう、と言われて何も言えなくなる。

任されたというか、押し付けられたというか…

やっぱり自分でやるしかないのかな。

あーあとため息をついて画面を見ると、やっぱり入力はされてない。

まだ横にいる手塚に向かって、なんとなく愚痴をこぼした。



「でもさ、手塚。私、これの使い方分からなくてさ…乾に聞いてこようかと思ってる」
「乾は部活中だが?」
「そっか…部活終わるのって何時?」
「…お前はいつまで学校にいる気だ」
「だってさあ…」



呆れたような表情をした手塚と目が合った。

終わらないとなんとなく後味悪いじゃん、と言おうとした時、手塚が遮った。



「わざわざ乾を呼ぶほどじゃない。俺が教える」
「…は?いやいや、いいよ。手塚って部長だし、早く行った方が」
「職員室に来たついでだ。それにテニス部のことなら俺にも責任がある」
「本当に?いいの?」



何度も確かめてみるものの、手塚は目を閉じて首を縦に振るだけ。

ここまで言ってもらえるんなら…頼んじゃえ。



「じゃあお願いします、手塚先生」
「…ああ」



先生、をわざと強調してみると、手塚が少しだけ笑った。

いつも手塚って仏頂面だから何て言うか…不意打ち?

少し騒ぎ出した心臓を悟られる前に、私はあわててパソコンの画面へと向き直った。

(by 物書きさんに10のお題)



END
2010/12/30

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