「げぇっ…」



そう呟いた言葉は、教室の喧騒に飲み込まれた。

俺の答案を覗き込んでくるクラスの奴らを蹴散らすものの、次から次へとやって来る奴ら。

しまいには面倒くさくなり


「あーっ、もううっせえ!」


と白々しく教師によって折られた答案用紙の右上の点数を自分でめくった。

そのタイミングに合わせるかのように、英語担当であるいかにも気の弱そうなメガネの男が教壇でこう言った。



「切原くん、もう少し英語を…」
「へいへーい」



どうせいつもみたいに追試とアレに決まってる。

教師の言葉を軽く遮り、俺は堂々と眠りについた。

ただ内心嬉しいと思ってる俺もいたりする。

―…彼女とのアレ、つまり日記が続くんだから。





「…また引っ掛かったの、切原くん」
「へへっ、わりぃ!」



今日の分、と手渡されたノートを笑いながら受け取る。

紀里は呆れたようにため息を吐き出すも、俺は反省なんてこれっぽっちもしてなかった。

俺は英語が苦手で、追試常習犯である。

あまりの成績の悪さに、ある日職員室に呼ばれた俺は担任にこう言われた。



「切原、英語の成績がいっこうに上がらんお前に新しい解決策を施す!」
「………はあ?」
「英語の成績学年一位の里見と日記だ」
「なんスか、それ」



英語の成績学年一位の紀里とビリの俺の交換日記。

交換日記なんていかにも古臭い、と思いながら疑問を抱く。



「交換日記で成績上がるなら誰も苦労なんてしないッスよ」
「アホ、交換日記は英語でやるんだ」
「はあ!?」



それは初耳。

交換日記を英語で?



「そんなの出来るわけねーじゃん」
「…そこを頑張らんか、切原!」



堂々と宣言してやれば、目の前の担任は丸めたノートで俺の頭をポンと叩いた。

周りの先生たちもクスクス笑ってる。

てか成績のことで担任に呼び出されたとか真田副部長にバレたらやばくね?

って、あ!



「せんせ、俺部活行かねえと!」
「安心しろ切原、迎えは呼んである」
「は?迎えって」
「…赤也、迎えにきたぞ」
「さっ、真田副部長!?ギャー!!!」





こうしてバタバタと始まった、俺と紀里の交換日記。

最初は何書こうか悩んで挨拶ぐらいしか書かなかったけど、半年以上経った今はだんだん書くことが増えてるっつーか。



「ニシシ…これ見たら紀里驚くよな」



わずか一行ながら交換日記を部室で書き終え、家へ帰ろうと荷物を手に掴んだ。

明日紀里に渡せばいいんだし…置いてっていいよな。

交換日記の上に筆箱を置き、ゲームの続きも気になる切原赤也は挨拶をしながら飛び出していく。



「お先ッス!!」



嵐のごとく出ていく後輩を唖然と見送り、その勢いに押されていた真田が部室から顔を出し遠ざかる背に怒鳴り付けた。

まったく関係のない他の生徒がビクリと足を止めるほどの怒気を含んだ声で。



「筆箱を置いていくとは貴様は家で何を使って勉強するつもりだ!たるんどるっ!」
「まあ落ち着きたまえ、真田君」
「そうナリ、今更赤也を怒鳴り付けても無駄ぜよ。それにもしかしたら家にあるシャーペンやらで勉強するかもしれんしのう」
「それはないと思うが…ん?何をしている、精市」



他のレギュラーがなんとか真田の怒りを鎮めようと声をかけ、真田は渋々扉を閉めて部室へと戻る。

赤也のロッカーを睨み、荷物を担ぐ姿は鬼のようだ。

さらりと毒舌を吐き、赤也の置いていったノートの方を柳がちらりと見遣れば、部長の幸村精市が筆箱をどかして中を覗き込もうとしているところだった。



「何してんだよぃ、俺にも見せろ!」
「…いくら赤也のノートと言ってもプライバシーの侵害だと思うが」



丸井ブン太も勢いよく幸村の隣に向かい、必死に中身を見ようと覗き込んでいる。

ため息をつきつつ、柳は「そのノートは里見紀里との交換日記だろう、やめておけ」と忠告をする。

柳とて一応それなりの良心は持っているつもりだ。

しかし幸村はその言葉には何も返さず、クスクスと日記を読みながら笑い始めた。

そしてレギュラー全員を手招きする。



「うん、赤也の書いた部分しか読んでないんだけどさ。 この文、見てごらんよ」



お腹痛い、と涙を浮かべながら肩を震わせる幸村の様子に興味津々といった様子で仁王が近付く。

丸井も幸村の隣で笑い始め、真田に柳生にジャッカル、そして柳は「プライバシー上問題がある」ということで近づくのをためらっていた。

ひょいと仁王が覗き込めば、ページには1文だけ書き殴られたような文字で書かれていた。

明らかに赤也の文字、そして書かれていた英文は―…。



「………意味不明な文になっとるのう」
「つづりを間違えたんだろうね」
「やっぱり馬鹿だな、赤也!」
「なんて書いてあんだ?」



すっかり盛り上がる三人が気になったのか、ジャッカルは問いかける。

幸村はふふ、と笑いながら英文を部室内に響くように読み上げた。



「I lade you. だって」
「たるんどるっ、まともに単語の一つも書けんのか!」
「…切原君…」
「フォローのしようがねえな…」
「………」



無言を貫いた柳は、一人深くため息をついた。

おそらく「like」のつもりなんだろうが…最初と最後しか合っていないぞ、赤也。



「告白のつもりなんじゃろう…恥ずかしいのう」
「あえて何も言わずにこのまま戻しとくよ、ふふ」



幸村によって丁寧に筆箱を乗せられ、放置された交換日記。

そのままの交換日記を紀里に渡して唖然とされたのはその翌日の話。



END
2010/10/02

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