「おはようございます、里見さん」 「おはようございます、柳生くん」 私と彼女は席が隣同士というクラスメートの関係。 それ以上の関係を望む私は少し強欲なのでしょうか。 昼休み、晴れ渡る青空の下の屋上。 「好きなんです、柳生先輩」 精一杯声を振り絞ったのであろう細い声が、風と共に柳生の耳に入った。 このようなシチュエーションで断るという行為は、柳生自身あまりしたくないことだった。 しかしここで了承の意を示すわけにもいかず、ちらりと名前も知らぬ下級生を見る。 清楚で優しげな印象を受けるし、他の男ならオーケーするだろう。 しかし柳生は違う。 この方は私のことをどれほど知っているのか。 いくら印象がよくても名前も知らない人と付き合う気にはなれない。 さらに柳生の求める女性像と彼は出会ってしまっているのだから。 「…すみませんが、他に意中の方がいまして」 「そう…ですか…」 最後に頭を下げて顔も見せずに去っていく下級生を、柳生は複雑な心境を含みながら見送る。 振った自分が慰めるなど、そんなことは勿論できず。 ただ申し訳ない心情やら、伝わらない彼女への気持ちを交錯させながら昼休みの屋上から教室へと戻った。 彼女は既に席に着き、次の教科の準備をしているところでした。 私が席へと近づいても、彼女から話し掛けてくることはありません。 隣同士の席と言っても彼女は男子に自ら話し掛けるタイプではなく、こちらから話題を振らなければ会話は生まれないのです。 しかし先程人を振った私はとても彼女と話す気にはなれず、私もまた彼女に倣って教科書の準備を始めた時でした。 「柳生くん」 「は、はい?」 突然、紀里から声を掛けられ柳生の声はわずかに上ずった。 常に紳士としての雰囲気を兼ね備える柳生のそのような姿は珍しい。 しかし紀里は気にも留めず、ほとんど表情も変えずにサラリと言った。 「何かあった?」 「…っ!」 わずかに柳生の作っていた表情が崩れ、複雑な表情が顔を出す。 しかしすぐにその表情は消され、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。 「なぜそう見えるのか…理由を聞かせていただいても構わないですか?」 私の気持ちを敏感に感じとってくれたのか、それとも…― どちらにしろ彼女に気付いてもらったことが嬉しくない、といえば大きな嘘になる。 周りの生徒のイスを引く音、談笑を交わす声、そのほか全ての喧騒が遠く聞こえ、ただただ彼女の言葉を待つ。 紀里は「んー…」と思いあぐねるような顔をした後、苦笑しながら答えた。 「なんとなくなんだけど…ダメ?」 その瞬間、私の中で何かが吹っ切れたような気がしました。 なんとなく―… 大して気にもせずにここまで私の表情の変化が分かってしまう彼女。 彼女しかいない、直感的にそう思いました。 私は今までで1番の微笑みで彼女を見ました。 「いえ…むしろ私が望んでいた言葉です」 「…はい?」 穏やかな笑顔の柳生君の言葉の意味がよく分からない。 そんな機転の利いた答えじゃなかった…―、むしろ正直に答えただけなのに。 なんとなく、柳生君の表情が沈んで見えただけ、たったそれだけ。 だけど柳生君が嬉しそうにしているので、私もぎこちない笑顔を返しておいた。 …明日からは私から挨拶してみようかな。 「…おはよう、柳生君」 「おはようございます、里見さん」 日を追うごとに私の気持ちは増すばかり。 明日の彼女はどんな表情を見せてくれるのか。 END 2010/08/15 ←短編一覧 |