一つの芽 | ナノ


020

「あれ、コートには入らねぇのか?」
「結構です、私なんぞフェンスの外で…!」
「……フシュー」



両脇を桃とバンダナの人にガッチリと挟まれ連れてこられたテニスコート。

フェンスの外で私が立ち止まると、先を行っていた二人が振り返り、なおも私をフェンスの中へ連れていこうとする。

感づいてください、桃にバンダナの人よ、このファンクラブ(らしき)人たちの視線を…!!

テニス部レギュラーに腕を取られ強制連行されそうな生徒に対しての目線が冷たいこと、冷たいこと。

特に三年生のファンクラブの人なんて今にも体育館裏での『ボッコボコ』の準備に行きそうな勢い。

必死の思いでもがいていると、校舎から手を振りながらやってくる人影が見えた。



「悠実せんぱーい!」
「あ、朋香ちゃん!」



思わず顔を輝かせ、桃の腕から飛び出し朋香ちゃんの方へ。

すると桃は諦めたのか、腕を頭の後ろに回しコートに入っていった。



「ちぇっ、また明日頑張るかー。行くか、マムシ!」
「誰がマムシだ、コラァ!!」



マムシさんもまたブチ切れつつ、ジロリと私を睨んだあと猫背でコートに向かっていった。

その様子を見てフーッと息を吐き出す。

ようやくファンクラブの人たちからの注目からも外れた。

朋香ちゃんが不思議そうに私を見た。



「どうしたんですか、悠実先輩?」
「ううん、なんでも」



取り繕うように笑った後、朋香ちゃんの昨日とは違う様子に気付いた。

何かが、何かが足りない…

朋香ちゃんをジッと凝視し、私はやっと頭の中で回路がつながった。



「朋香ちゃん、桜乃ちゃんは?」



そう、昨日は一緒だった桜乃ちゃんが一緒にいない。

私があまりにガン見したせいか身を若干引いていた朋香ちゃんは私の質問に目を丸くした後に笑いながら指を差した。



「桜乃ならあっちのコートで部活中です!」
「あっ、女子テニス部って言ってたね」



指差された方へ振り返ると、男子テニス部のコートが立ち並ぶ向こうから女子テニス部の掛け声が聞こえている。

後で覗いてみよう、と思いつつ朋香ちゃんへと視線を戻した。



「朋香ちゃんは部活やってないの?」
「やってないです、弟の面倒見なくちゃいけなくて…」
「そっか、いいお姉さんだね」



思ったことをそのまま伝えると照れたように朋香ちゃんは笑う。

可愛いな、と思いながら朋香ちゃんを見ていると。



「ぐあっ?!」
「ちーっす」
「リョーマ様!!!」



突如後ろから背中を小突かれる衝撃。

目の前の朋香ちゃんは目を輝かせ、たぶん私の背後にいるであろう少年の名前を叫ぶ。

振り返って見ればやはりリョーマくんが左手にラケットを持ち、相変わらずの不敵な笑みを浮かべていた。

どうやらラケットの先で私の背中を圧迫したらしい。

やっぱりナメられてる、ここは先輩としての威厳を!

仮にも先輩に何をする、と口を開こうとするとその直前でリョーマくんが遮った。



「悠実センパイ、今日は中に入って見てかないの?」
「あ、はい、フェンスの外で朋香ちゃんと見ようかと」
「…ふーん」



たとえ年下であろうと男子に話す時は敬語にしてしまう私。

ある意味で芸ではないかな、これは。

私の答えを聞き、リョーマくんは「まあ適当に見てけば」と言い残しコートへ入っていった。

何なんだまったく、と悪態を軽くつき朋香ちゃんへ向き直る。

しかし前にいたはずの朋香ちゃんの姿が忽然と消えていた。

あれ、おかしいな、さっきまでそこに…


「リョーマ様!!」


突然近くで悲鳴のような黄色い声が上がり、ビクッとそちらに目が行く。

すると、そこにはフェンスに手をかけ騒ぐ一人の女の子。



「朋香ちゃん…」



先程まで私と話していた朋香ちゃんが張り裂けんばかりの声でリョーマくんに歓声を送っている。

どこからこんな声出るのよ、この子は!

私が驚愕の目で見ていると、ファンクラブの人たちも朋香ちゃんを見て何も言えずに突っ立っていた。

ファンクラブの人たちを黙らせるとは末恐ろしい子だ、と勝手に思いつつ私も朋香ちゃんの横に並ぶ。


パコン、パコン―


変わらない、私の大好きな音。

テニスはやったことはないけれど、ラケットとボールが当たるこの音が前から好きだった。

屋内の卓球場から休憩の度に耳を傾けていた気がする。

横をちらりと見れば朋香ちゃんが歓声を送るのをやめ、ただじっと輝きに満ちた目で選手たちを追っていた。

リョーマくんだけではなく、他の部員の人も。

私もコートへ視線を戻し、テニス部全体の様子を眺める。



レベルもきっと、いや確実に高い。

ただレベルなんて二の次の問題。

本当にこの部活に惹かれるのは多分、選手の魅力。

それぞれに個性的で、けどまとまりがしっかりあって。



部活ってこういうものなんだろうな、と思いながら私は口を開いた。

この部活はすごく素敵だと思う、けどもう一つだけ確認させて。

私の声に反応した朋香ちゃんがコートから目を離し、私を見た。



「朋香ちゃん」
「はい?」
「男子テニス部の素敵なところは?」



私の質問に少しの間止まったあと、朋香ちゃんは「そんなの簡単です」とはにかみながら続けた。

この笑顔は。

私の欲しい答えを見事に言ってくれそうだな。



「全国大会の夢、見せてくれそうなところです!」
「…そっか」



この部活なら、見せてくれるだろうか。

私が思う、理想の【全国制覇】を。

その時に私は一つ、決意した。

テニス部に関わってみようじゃないか、と。



「変なこと聞いてごめんよ、朋香ちゃん」
「いえ、いいですよ!あと朋香って呼び捨てで構わないです!」
「了解、朋ちゃん!」

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