一つの芽 | ナノ


017

思わず朋香ちゃんが言っていた呼び名を口走ると鋭い眼光で睨みつけられた。

ごめんなさい、と謝ると「別にいいけど」と無愛想に返ってきた。

訪れる沈黙。

隣で竜崎先生が「まったく素直じゃないねぇ」と首を振りながら呟いている。

するとリョーマくんは帽子の鍔の影に目を隠したまま口を開いた。



「とりあえず、昨日ごめん」
「はい?」



思わず聞き返すと、ムスッとしたようにリョーマくんがそっぽを向いた。

しょうがないじゃないか、沈黙からいきなり謝られてビックリしたんだから。

そしてもう一度重たく口を開いた。



「だから…スマッシュ防ぎきれなくてごめん、って言ってんの」



ああ、そのことか。

たしかに桃と打ち合っていたのはリョーマくんだったけど、リョーマくんにそこまで非はない。

無愛想に見えて意外と律儀、と思いながら私は返した。


「いや、気にしないでください。たいした怪我もないわけですし」


安心させるように言ってみると


「鼻の青痣そこまでオープンしてる人が何言ってんの」


と軽く笑いを含まれながら返事をされた。

痛いところ衝かれた、この青痣は…

と鼻をさすっていると今まで黙っていた隣の乾先輩が眼鏡を逆光で光らせながら言った。



「越前、遠峰さんは一応二年だ」



敬語を遣うように、と後輩の礼儀指導を始める乾先輩。

その行為は先輩としてとても素晴らしいと思います、が。

『一応』二年ってそりゃないですよ、乾先輩…!

さらに私にとどめを刺すかのようにリョーマくんの目が見開き、恐ろしいことをリョーマくんは口走った。



「え、二年なんスか…?!」



一年だと思ってたッス、と付け足されたように言われた言葉にさらに心がえぐられる。

そうかい、そうかい…

私は二年には見えないかね、それはそれでしょうがない。

けど、さっき桃とタメ口で話してたところで察してほしかった、とか高望みしちゃダメ?

ん、と気まずそうに私を見るリョーマくんに気付き、私はあわてて(半ばふて腐れて)答えた。



「いいですよ、リョーマくん、どうせ二年には見えないんですから…」
「名前」
「え?」



私の言葉を遮り、リョーマくんはブスッと言った。



「名前教えて、って言ってんの」
「…遠峰悠実です」
「ふぅん」



するとリョーマくんは不敵にニヤリと笑い、私を見上げた。

思わずいろんな意味でドキリとする。

いい意味も悪い意味も全部ひっくるめて。



「よろしく、悠実センパイ」



満足げに言い切るリョーマくんに思わずポカンとすると、リョーマくんは再び不機嫌な顔に戻った。



「返事は?」
「よ、よろしくお願いします、リョーマくん…」
「ん」



押し切られた形の私の挨拶に少しは満足したのか、リョーマくんは再びコートに戻っていった。

あれ、これじゃ私…



「完璧にナメられたな」
「…やっぱり!」



乾先輩の言葉で悲しい事実を突き付けられる。

後輩にナメられるなんて…!

まあ険悪になるよりいいかな、とあくまでポジティブに考えることにした。

そして今度こそ、と私は立ち上がる。



「失礼しました、竜崎先生」
「ああ、マネージャーの件考えとくんだよ」



竜崎先生は頷くと、好奇心が見え隠れする瞳を覗かせた。

貴女はおいくつですか、竜崎先生。



「え、マネージャーの件、本気ですか?!」
「当たり前だろう」



何言ってるんだい、と言わんばかりの目線で見られウッと詰まる。

あ、でもテニス部を見に来なきゃいいわけだし―…



「校門に誰か見張らせといてあんたが帰らないように監視させることにするかね」
「は?!」



私の心を読んだかのように私は思わず後ずさる。

読心術?!

読心術使えるのか、竜崎先生?!

驚愕の目で竜崎先生を見ていると、フワリと風が前から吹いてきた。

目が乾いたため瞬きを繰り返すと、今のが自然の風ではなく人工で生み出されたそれだと気づく。

そして元となるものは―



「あっ、画板!」



先程の流れ球のせいでボール跡が二つになってしまった、本来なら新品のはずの私の画板。

流れ球を避けるために使った画板はいつの間にか竜崎先生の手元に戻っていて、竜崎先生はしてやったり、という笑顔を浮かべていた。

画板を片手に


「ま、画板返してほしけりゃテニス部に通うことだね」


と愉快に笑う竜崎先生を私は悪魔か魔王と見間違えた。

それほどまでに笑顔が黒い、黒すぎる。

私は諦めて肩を落とし、クルリとフェンスの出入り口に足を向けた。

隣にいた乾先輩に気付き挨拶はした、一応。



「それでは乾先輩、失礼しました」
「またのお越しを待ってるよ、遠峰さん」
「あなたもか!!」



見上げればこれまた真っ黒な笑顔の乾先輩。

しかも目元が見えないから余計に不気味なオーラを醸し出している。



「それじゃ!!」



まさに脱兎のごとくコートから抜け出し、神保先生の元へ走ったのなんの。

走っている間考えていたことは

テニス部と関わったら平凡な学園生活なんて送れるわけがない…!!

というただ一つ。

平凡な学園生活を切望していた私にとっては地獄に突き落とされた気分、のはずなんだけれども。

関わったら関わったで面白いかも、とか考える自分が嫌ー!!!!

足が自然と覚えた職員室に向かうまで、私は周りの生徒に目もくれずに一心不乱に走った気がする。



「じ、神保せんせっ…」
「遠峰さん?!
どうしたんですか、そんなに息切らせて」
「ちょ、ちょっと青春…の在り方について考え…てましてっ…」
「…はい?」

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