WHY, OR WHY NOT【7】-@


「・・・生きて、いたのか」

"生き残った女の子"の登場に歓喜する群集の中、ヴォルデモートは一人苦々しげに呟いた。

「これで最後にしよう、トム」

ハリーの杖先は揺らぐことなく闇の帝王に向けられている。今や死喰い人も騎士団も戦いをやめ、中央の二人を食い入るように見つめていた。

「お前が勝つとでも?今やお前を庇う奴は誰もいないぞ、小娘?」
「・・・全ては次の一瞬にかかってる。―違う?」

ヴォルデモートとハリーはじりじりと移動した。互いに一秒たりとも油断は見せない。ぴんと張りつめた空気の中で、ハリーは自分の鼓動だけが妙に大きく聞こえた。―そして、夜が終わった。壁に空いた大きな穴から日の光が差し込み、二人の顔を照らす。―今だ。

「アバダ・ケダブラ!」
「エクスペリアームズ!」

ハリーは全身全霊の力を込めて呪文を叫んだ。赤と緑の光線が、ちょうど二人の真ん中で衝突する。ぶつかり合うそれは、激しい光を放ち、そして―・・・世界から色が消えた。


*


―気が付くと、真っ白だった。無音の世界・・・此処は、一体?

「(僕は、今度こそ死んだの?)」

頭の中で疑問が浮かんでは消えていく。しかし、死んだにしては、感覚はあまりにもリアルだった。―ただ一つ直感的に判るのは、此処は生も死も魔法も超越した、もっと神秘的な場所であるということだけだ・・・確証は無いが。ふと足元に目をやると、線路のようなものがあり、それは遠くまで続いているようだった。―とすると、此処は

「・・・駅?」
「そうかもしれぬの」

懐かしい声にハッとして振り向くと、ハリーのすぐ後ろにダンブルドアが立っていた。そして、その隣にいるのは―

「ヴォル、どうして・・・」
「・・・」

つい先程まで殺し合っていた彼は、無言でハリーのことをじっと見つめていた。ダンブルドアはそんな二人を少しの間観察していたが、やがて言った。

「・・・少し、話をしようかの。座りなさい」

どこからともなくベンチが現れ、三人はそれぞれの場所に腰かけた。

「ダンブルドア先生はどうしてここに?」
「わしはのう、例えるならば、この場所そのものじゃ」

ハリーがその言葉の意味について考え始める前に、ヴォルデモートは、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに足を組み、ダンブルドアを睨みつけた。

「―それで、俺様もこいつも死んだのか?」
「それを選ぶのは君たち自身じゃ」

ダンブルドアはにこりと笑った。

「望む者は汽車に乗れるじゃろう」
「汽車はどこに行くんですか?」
「先へ」


しばしの沈黙。この場所は何となく分かるようで、でも言葉にするのは難しい。再び口を開いたのはダンブルドアだった。


「君たちには、あまりにもしがらみが多い―もちろん、そうしたしがらみがあってこそ、君たちは出会ったのじゃろう・・・そして、わしら誰もが予想しなかったほどの強い絆を築いてきた―様々な意味での」

ハリーはヴォルデモートの顔をちらりと見たが、彼は線路の先をじっと見据え、何かを深く考えているようだった。

「―光あるところに影はできぬ。その逆もまた、同様じゃ。相反するものでありながら、それらはもっとも近いところに存在している。―じゃがしかし、それらは一つのものとして、」
「同時に存在することはできない」

ヴォルデモートは静かな声で言った。何を考えているかは、その表情からは読み取れない。

「・・・やっぱり、僕たちは戻るべきなんでしょうか。決着をつけるために?」
「ハリー、まどろっこしい話は終わりにしようかの。肝心なのは、運命やしがらみなどではない」

ダンブルドアはハリーのじっと目を覗き込んだ。

「・・・君は本当はどうしたいのか、ということなのじゃよ。心からの望みを、言ってみなさい」

ハリーは目を閉じ、深く息を吐いた。自分自身の、心からの望み―それはいつも近くあるようで、実際は心の奥にずっと押し込められてきたものだ・・・自分勝手に望むことは、両親やシリウス、セドリックや他の皆への裏切りになると思った・・・本当に、言ってもいいのだろうか。

「ハリー、もちろんトムも。欲すること恐れてはならんよ」

ハリーは覚悟を決めた。ヴォルデモートに向き直る。

「―僕は君と戦いなんてしたくない。僕たちのせいで誰にも死んでほしくない。・・・ヴォルが一人で罪を重ねていくのも、もう見たくないよ・・・」

膝の上で握りしめた手が震えた。それでもハリーは続けた。

「ヴォルが蛇だったあの頃みたいに・・・君と同じものを見て、同じ気持ちを感じていたい・・・ずっと、一緒に」
「―・・・」


ハリーは知らないうちに泣いていたらしい。手の甲に落ちた雫で、初めて自分が涙を流していたことに気付いた。ヴォルデモートは黙って俯いている。

「―トム。本当は薄々感づいていたのじゃろう?君はもう、以前の君ではないと。君は愛を知ってしまったのじゃ」

「・・・仮にそうだとしたら、どうだというのだ」

ヴォルデモートの声は、心なしか弱々しかった。

「俺様が弱くなるとでも?俺様が世界を震撼させた闇の帝王であることに変わりは無い―この先もずっと」

「その通り。過去に犯した罪は決して消えない。・・・さて、わしはお暇しようかの」

ダンブルドアは立ち上がり、二人に背を向けた。

「最後にもう一度だけ言おう。大切なのはどうすべきかではない。どうしたいのかという意思じゃ。―君たちは、選ぶことができる。全ては君ら次第なのじゃ」

そして、ダンブルドアは愉快そうに笑いながら消えていった。ヴォルデモートは立ち上がると、ようやく顔を上げた。その表情はどこか清々しかった。

「くだらん茶番だな・・・そんなことは、とうの昔に決まっていたというのに」
「・・・?―ヴォル!」

ヴォルデモートの足が、黒い炎に包まれていた。彼の全てを侵食しようとするかのように、どんどん上に上がってくる。

「ハリー」

ハリーがヴォルデモートに名前を呼ばれたのは、このときが初めてだった。優しい声色に、心臓がどくんと跳ねる。

「・・・ずっと、生まれながらにして罪人のような気がしていた」

―母親の罪の証が、自分。存在する理由が欲しくて、強さだけをがむしゃらに求めていた。罪を重ねながら、心のどこかで罰を欲していたのかもしれない。本当は誰かに止めてほしかったのかもしれない。・・・気付いたときにはもう、戻れないところまで来ていた。立ち止まったら闇に呑まれてしまう。だから進み続けるしかなかった。自分が自分であるために。


―だけど、やっと見つけることができた。


「お前と出会ってから・・・いろいろなことに気付かされた」

―周りに牙を向けるばかりで、大切なものを見落としてしまっていたのかもしれない。

「・・・何のために生まれてきたのか。その意味が、今なら分かる気がする」

―お前が、教えてくれたから。



「いや・・・ヴォル、やだ・・・」

ヴォルデモートの身体はほとんど黒炎に包まれていた。全てが呑まれてしまうのも、時間の問題だろう。

「ハリー、お前は生きろ」

そう言われた瞬間、ハリーの頭の中で、様々な映像が蘇った。手を伸ばしたセドリック、ロンとハーマイオニーの笑顔、リリーの優しい声・・・

『ハリー、目を逸らしちゃだめ』

次の瞬間、ハリーはヴォルデモートの胸に飛び込んでいた。ハリーの身体も、すぐに黒い炎に包まれる。それは信じられないほど冷たくて、痛くて、辛い責めだった。

「馬鹿!何をしている―このままではお前も、」
「いいの」

炎に灼かれながら、ハリーはヴォルデモートの身体に腕を回した。

「孤独も寂しさも切なさも、僕たちはずっと二人で分け合ってきたよね・・・だから、」

ハリーは微笑んでヴォルデモートの顔を見上げた。

「この罪も、罰も・・・最後まで一緒に、半分こしよう?」
「―!っ、ハリー」

ヴォルデモートはたまらずハリーを抱きしめた。華奢な身体を包み込み、腕の中の存在を強く確かめる。そして、ずっと言えなかった言葉を―生まれて初めて口する言葉を、喉の奥から絞り出した。

「愛してる・・・!」




「―合格じゃ」



すぐ近くで手を叩く音が聞こえた。そこには、さっき去ったはずのダンブルドアが立っていた。






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