CAN YOU KEEP A SECRET?【7】-B


「ぅ・・・」

雨がテントを打ち付ける音が耳障りだ。どこか遠くでは雷の音が聞こえる。ハリーはゆるゆると瞼を持ち上げた。―一体どうしてここに・・・?そうだ、雨に濡れてしまって、テントに入ろうとしたらヴォルが―・・・ハリーはハッとして身を起こした。枕元にある見覚えの無いグラスには、不安げな自分の顔がぼんやりと映っている。そういえば、自分でベッドに入った記憶が無い。誰かが運んでくれた?まさか、彼が―?

入口の方でガタンと大きな物音がした。背の高い男の姿が目に飛び込んでくる。―ヴォルだ。ハリーの心臓がどくんと大きく脈打った。

ヴォルデモートは何故かずぶ濡れだった。俯いたままの彼の髪から流れた雫が顔を伝い、床に落ちる水音が、二人きりの空間では妙に響く。ハリーはぞくりとした。

―どこか様子がおかしい。

「ヴォル・・・?―ひっ!」

ハリーが怖々名前を呼ぶと、突然彼は手に握っていた物体を投げつけた。金色のそれはハリーのすぐ側にあった水の入ったグラスに命中し、ガシャンと音を立ててグラスは粉々に割れ、破片と水が床に飛び散った。―スリザリンの、ロケット?

ヴォルデモートは顔を伏せたまま、低い声で何かを呟いた。

「・・・えの・・いだ・・」
「―え?」
「お前のせいだ!!!」

ヴォルデモートが吼えた次の瞬間、ハリーは押し倒されていた。身体の上に馬乗りになった彼は、両手でぎりぎりとハリーの首を絞めつけている。その表情は狂気に染まっていた。

「っく、ぁっ・・・!」
「お前さえいなければ!!」

ヴォルデモートの鋭い爪が、ハリーの皮膚に突き刺さる。しかしハリーにはそんな痛みを感じる余裕すら無かった。―息が、できない・・・!

「お前さえいなければ、俺様はもっと強くいられたっ・・・お前と、出会わなければ!!」

組み敷かれ、首を絞められている状態ではあるが、ハリーの両手は自由だった。しかし、その両手はベッドに投げ出されたまま動かない。ヴォルデモートはそのことにとても苛立ったようだった。

「どうした?抵抗する気力も無いか?このままでは殺されてしまうぞ、馬鹿め!」

首に込められる力はどんどん強くなる。酸素が回らず、ハリーの意識は朦朧としていた。頭にヴォルデモートの嘲るような声だけが響く。

「さっさと請え!媚びろ、泣いて縋れ―小娘が―」
「・・・っ、ヴォ、ル・・・」

ハリーは渾身の力を振り絞り声を発した。震える手を彼の頬に伸ばす。指先が触れた瞬間、ヴォルデモートの身体はびくりと揺れた。


「僕は、どこにもいかない・・・君を、置いていったりしない・・・」

「何、を・・・」

彼の手の力が少し緩んだ。むせ返りそうになりながら、ハリーは続けた。

「だから、そんな・・・泣きそうな顔、しないで・・・?」

―実際ヴォルデモートは涙を流していたわけではなかった。しかしその時のハリーには、確かに彼が泣いているように思えた。憎悪と狂気に染まった目の奥に、悲壮な何かが漂っている気がしてならなかった。手の平で彼の滑らかな頬を撫でる。小さな子供をあやすように、そっと。

「っ・・・」

真っ暗な部屋で、眼鏡の無い状態では、視界はぼんやりとしてほとんど何も見えない。またヴォルデモートが急に俯いたため、彼がどんな表情をしているかは判らなかった。しかし、ハリーの首にかけられた手から、少しずつ力が抜けていることだけは確かだった。―彼は今、何を思っているのだろう?ハリーは口を開いた。

「僕は、ちゃんと君を見てる・・・ね、聞いて―」

―可哀相な孤児とか、希代の天才だとか、史上最強の闇の帝王だとか。君をがんじがらめにするそんなことは多分、どうでもよくて。僕が本当に知りたいのはそんなことじゃない。


何も怯えなくていいんだよ。―だから、


「本当の君を教えて、ヴォル―んっ!」

返事の代わりに返ってきたのは、噛み付くようなキスだった。無防備に開いた唇から侵入してきた舌が、ハリーの口内を激しく蹂躙する。まるで全てを食らい尽くそうとするかのようなそれに、ハリーは頭がくらくらするのを感じた。
やがて彼は舌を解放すると、ほとんど唇が触れ合う距離で囁いた。

「―後悔、しないか」

どこか焦りを含んだその問いに対して、ハリーはとっさに何と言ったらよいのか分からなかった。―だからその代わりに、自身の唇を彼のそれに柔らかく重ねた。ハリーの突然の行動に、彼は目を見開いた。赤と翠が交錯する。

「少し怖いけど・・・でも、ヴォルの全部が知りたい。―ひぁっ!」

いつの間にか服に侵入してきた冷たい手にするりと肌を撫でられて、ハリーは思わず声を上げた。

「・・・煽ったのはお前だ、」

―覚悟しろ。


耳元で落とされたテノールの囁きに、ハリーは身体の芯が麻痺し、理性が蕩けていくのを感じた。


***


鳥の鳴き声が聞こえる。―朝だ。隣にあった筈の温度が消えたことに気付いて、ハリーは瞼を開いた。ベッドが広い。首をだけ動かして辺りを見渡すと、ヴォルデモートはすぐ横に立っていた。来たときと同じようにきっちり服を着込んでいるその姿は、昨夜の余韻を全く感じさせない。

「・・・しばらく横になっていろ」

ハリーの身体に残る鈍痛を見抜いたかのように、彼が言った。ハリーは胸の辺りでシーツを抑えると、立ち上がりヴォルデモートの前に立った。―もう、秘密の時間は終わりなのだ。

「―あのロケットは、」

彼は床に転がったままのロケットをちらりと見た。

「ここに置いていく。俺様にはもう必要の無いものだ・・・お前が破壊しろ」

ヴォルデモート卿が自身の魂が入ったものを敵に渡すなど、普通有り得ないことだ。だが、ハリーには彼の言う意味は何となく分かった。つまり、彼はロケットを通してここに全てを置いていくつもりなのだ・・・昨夜の出来事も、分け合った一時の温もりも、何もかも。そしてそれをハリーに破壊させることで、お互いの"過ち"を無かったことにしようとしているのだ。・・・いずれ訪れる、戦いの日のために。

言葉の裏に隠された意味を理解し、視線を落としたハリーの額に、ヴォルデモートがそっと手を当てた。

「・・・まだ少し熱い。体調には気をつけることだな」
「―それ、昨日さんざん首絞めた人が言う台詞?」

ハリーが呆れたようにそう言うと、ヴォルデモートは少しだけ微笑んだ。柔らかな沈黙。そして、彼はふと真顔になると、静かな声で言った。

「・・・次に会うときは、」

―そんなの、分かりきったことだ。ハリーはその先の言葉を聞きたくなかった。腕を伸ばし、子供が内緒話をするときのように、人差し指で彼の唇を塞ぐ。ヴォルデモートは一瞬瞠目したが、ハリーの行動の意味を悟ると、その手を優しく掴んだ。彼は目を閉じると、まるで何かを誓うかのように、ハリーの指先に唇を押し当てた。端正な顔が朝日に照らされている。その光景がなんだかひどく神聖なものに見えて、だけどどこか切なくて、ハリーは少しだけ泣きたくなった。



やがて彼はハリーの手を離した。一瞬だけ交わる視線―そして、彼はいつもの銀色の仮面で顔を隠すと、長いローブを翻して、一度も振り返ることなくテントを出て行った。ハリーは声を出さずに、唇だけで呟いた。


「(・・・さよなら、)」


―再び静寂の訪れた部屋。床に飛び散ったガラス片の中で、様々な思いが込められた金色のロケットは、陽光を受けて煌めいていた。




CAN YOU KEEP A SECRET?
(YOU RIPPED AWAY MY MASK)






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