時間だけいつも通り過ぎてく【6】-A


久しぶりに見た彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。だが多分、自分も同じような表情だったのだろう。ハリーは少し驚いたようだった。

二人はなんとなく、廊下の円形のベンチに背中合わせに座った。仲良く隣り合うことはできなくて、お互い椅子の端っこに腰かけ、正反対の方向を向いている。ドラコがハリーに情けない顔を見られたくないように、ハリーもまた、自分に泣きそうな顔を見られたくなかったのだろう。そんなことを考えて、ドラコは少し笑ってしまった。こんなところばかり似ているから、きっと素直になれないのだ。苦笑混じりに、後ろのハリーに話しかける。


「こんな夜中に一人で何を?」
「別に君に説明する筋合いは無いよ、マルフォイ。・・・君こそ、何をしていたの」
「・・・同じ台詞を返そうか」

ハリーがくすりと笑った。

「何だよポッター」
「ごめん。・・・僕たち、変わらないなあと思って」
「・・・そうかもな」

沈黙が流れた。気詰まりするような感じではなくて、不思議と安らぐ静けさだった。

思えば、随分遠くまで来てしまった気がする。僕も彼女も、何一つ変わっていないのに。

「ポッター。僕たちが初めて会った時のこと、覚えてるか?」
「忘れるわけないよ。マダム・マルキンの店だったよね・・・初対面だったのに、君はすごく偉そうだった」
「失礼だな。僕だってお前のこと、変な奴だと思ったよ」


口ではそう言いながらも、本当はハリーがちゃんと覚えていてくれたことが嬉しくて仕方なかった。

「ねえ、マルフォイ・・・ずっと聞きたかったことがあるんだけど」
「何?」
「1年生の終わりに、僕に手紙を書いてくれるって言ってたよね」
「・・・そんなことも、あったな」

昔の自分の大胆な行動を思い出して、ドラコは顔がほてるのを感じた。できれば心の中にしまっておきたい恥ずかしい記憶だった。

「本当に、書いてくれたの?その、あの時は・・・ドビーが全部持っていっちゃたから、僕、誰の手紙ももらえなかったんだ」

「・・・分かってるさ」

―書いたよ。たくさん。

日常のこと、学校のこと、家族のこと・・・ハリーに自分のことを知ってほしくて、馬鹿みたいにたくさん書いた。ハリーのことも知りたいと思った。だけど、返事はいつになっても届かなくて、きっと自分のことを馬鹿にしているに違いない、なんて思い込んでしまったのだった。

「返事書けなくて、ごめんね」
「ふん。今更だな」
「僕にどんなことを書いたの?」
「教えない」
「ケチ」

相変わらず、お互いの顔は見えない。だけど、ハリーも笑っている気がした。

ホグワーツの夜は静かだ。ドラコはふと窓の外を見た。今夜は三日月だから、月の光はそれほど明るく無い。暗い夜の中に、自分たちの姿が反射して映り込んでいる。昔はそれほど変わらなかったのに、ハリーの身体はひどく小さく見えた。彼女はこんなに華奢だっただろうか?―この細い背中に、どれほどの重荷を背負っているんだろう?

「・・・もうみんな、昔のようにはなれないのかな」

ハリーがぽつりと呟いた。今にも消えてしまいそうな声だった。それを聞いて、ドラコはなぜか苛々するのを感じた。彼女に?―違う、自分にだ。

「―そんな訳あるか!!」

自分でもびっくりするほど大きな声が出た。ハリーがびくりと身体を揺らす。

「何があったって、例えこれから先、何が起こったって、変わらないことだってあるんだ、絶対に!」

「―僕は変わらない。だから、ポッター、お前だって変わらないはずなんだ。他のみんなだって」

ドラコはすぐに後悔した。何を言っているんだ自分は。権力に屈して、裏で汚いことをやりながら、何を偉そうに!だがそんな感情は、すぐ後ろで聞こえた嗚咽に掻き消された。

「・・・っ・・・そう、だよね」

窓に映る小さな背中は震えていた。ドラコは動揺した。―だって、今までこいつが泣くところを見たことなんて一度も無い!どんなに蔑まれても、常に凛と前を向いていた彼女が、今は自分のすぐ後ろで、必死に声を押し殺して泣いている。

「(・・・下手な泣き方)」

もっと声を出して泣けばいいのに。別に自分に縋り付いてきたって構わないのに。

(―まあ、今の僕にはそんな資格無いか)

ドラコはハリーを抱きしめたかった。震える背中をそっと撫でてやりたかった。だけど、今の自分にはそんなことは許されないのだ。自分だって、彼女を苦しめる側の人間のなのだから。

目を落とすと、すぐ近くにハリーの左手があった。固いベンチに爪を突き立てて堪えている。ドラコはそっと自分の右手を、その小さな手の上に重ねた。ハリーの細い指を包み込むように握ると、彼女は一瞬びくりとしたが、こちらに背中を寄せてきた。ドラコはそれに応えるように背中に体重をかけると、二人の背中はぴたりとくっついた。

―もしここにいるのが、僕じゃなかったら。グレンジャーだったら、きっと彼女と一緒になって泣くのだろう。ウィーズリーだったら多分、乱暴に肩を抱き寄せるのだろう。そう考えると、この背中合わせの状態は、すごく僕たちらしい気がした。

「(・・・だけど、こいつを守るのは誰なんだろう)」

両親はいない。ハリーに想いを寄せていたセドリックは死んだ。先のことはあまり考えたくないが、自分は彼女を死に追いやろうとしている。―だとすれば。


彼女が縋り付き、心も身体も全て安心して預けられる相手は、どこにいるのだろう?






時間だけいつも通り過ぎてく
(二人ぼっちの迷子)






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