迷路の果てに【4】-B


「セドリック!」
 
それはセドリックだった。目を覚ましてしまったらしい。―ここに来てはいけないのに!だが絶望する一方で、ハリーは彼の姿を見た瞬間、ロンやハーマイオニー、自分をホグワーツで待つ人々の存在を思い出した。それは一瞬ヴォルデモートについて行こうか迷った心を振り払うには十分なものだった。
 
突然の登場に、死喰い人達が口々に彼を野次る。だがそんなざわめきは、怒りを秘めた静かな声に一瞬にして遮られた。
 
「―雑魚が」
 
ヴォルデモートはゆらりと立ち上がった。その目にはもう先ほどまで映っていた僅かな光は無く、ただ暗くて重いものが渦巻いている。ハリーはぞくっとした。これほどまでに"闇の帝王"の存在を感じたことは無かった。ハリーは、ここまで彼が怒った姿を今まで一度も見たことが無かった。
 
「俺様がいつ此処に入ることを許した?」
 
氷のように冷たい声が辺りに響く。空気はぴりぴりと張り詰めていた。だがセドリックは気丈にも、ヴォルデモートに杖を向けたままでいる。ヴォルデモートは赤い目をすっと細め、流れるような動作で自らの杖を持つ手を上げた。その瞬間、ハリーは次に何が起こるかを悟った。とっさに近くに転がっていた自分の杖を掴む。―駄目だ、そんなことは、絶対に!
 
「アバダ―」
「やめて!!」
「!」
 
ヴォルデモートは反射的にハリーの方を向いた。二人の呪文が激しく火花を放ちぶつかり合う。だが、力の差は明らかだ。ハリーがもう終わりだと思ったその時、それは起こった。金色の光が呪文の真ん中から噴き出し、二人を包み込んだのだ。
 
―その後の光景は、ハリーにとって一生忘れられないものとなった。次々に現れる白い影、空気の擦れるような囁き、優しく微笑む両親―
 
『ハリー、行きなさい』
 
ハリーは渾身の力で繋がりを断ち切った。ヴォルが苦しそうにこちらに手を伸ばそうとする姿が目に入り、ハリーは一瞬、その手をとりたい衝動に駆られた。だが脳裏に響いた両親の声を思い出し、彼に背を向けて走り出す。
 
「ハリー!こっちだ、カップの所へ!!」
 
セドリックがハリーの腕を掴む。二人は背後から追ってくる死喰い人達の呪文をかわしながら必死に走った。一番二人に近付いていたワームテールは長いナイフを拾い上げ、振りかざす。
 
「これでも食らえ!」
「―アクシオ!」
 
ナイフが飛んで来るのと、カップが飛んで来るのはほとんど同時だった。二人は移動キーに引き込まれる。その時、ハリーはセドリックが不自然な動きをしたのを感じた。―まるで、何かからハリーを庇うような・・・
 
芝生の上にどさりと着地する。ついにホグワーツへと戻って来たのだ。割れるような歓声が二人を迎える。しかしハリーには何も聞こえていなかった。

「―っ!セドリック!」
 
セドリックの背中には、先ほどワームテールが投げたナイフが深々と突き刺さっていた。緑の芝生が血に染まっていく。歓声は悲鳴へと変わった。
 
「・・・ハリー、」
「セドリック、早く医務室にっ」
「いや、ハリー・・・聞いてくれ・・・」
 
セドリックはハリーの頬に手を伸ばした。血濡れたその手をハリーが握ると、セドリックは僅かに微笑んだ。傷口からはどくどくと血が流れている。

「前に、言ったよね・・・試合、が終わったら、君に伝えたいことがある、って・・・」
 
溢れ出る血液の量に比例して、彼の手からはどんどん温度が失われていく。掻き消されてしまいそうな掠れた声に、ハリーは必死に耳を傾けた。
 
「・・・うん。覚えてるよ」
「僕は・・・ハリー、君が好きだ。っ、好きだよ、ハリー・・・」
 
ハリーは目を見開いた。
 
「セドリック・・・!」
「だから、・・・生きてくれ・・・これから何があっても、生きて・・・どうか、」
 
「・・・しあわせ、に、」
 
ハリーの手からセドリックの手がするり抜け、血に染まった地面に落ちた。綺麗な青い目はもう何も映していない。セドリック・ディゴリーは、死んだ。彼の父親の嗚咽も、自分に何か言っているダンブルドアの声も、生徒が啜り泣きも、ハリーの耳には全く入らなかった。ただセドリックの声だけが頭の中に響いていた。
 
―いつかこんな時が来ることは分かっていたはずなのに。自分の甘えが、迷いが、彼を殺してしまった。
 
 
 
 
「(・・・もう戻れないんだ。僕も、ヴォルも)」
 
 
 
 
 
迷路の果てに
(どこで曲がれば正解だったのだろう)
 
 
+++++

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -