外された秒針【1】 *ヴォル視点/石事件後 蔑むような視線が嫌いだった。幼い頃は、自分でも奇妙だと思う名前を他人に言う度に、変な顔をされるのが嫌だった。そしてそれと同じくらい、多くの凡庸な人間達と同じ名前であることが嫌だった。(好きでこの名前なんじゃない) 馬鹿な奴らと馴れ合う気にもなれず、孤児院ではいつも独りだった。でもかまわなかった。自分には才能があった。誰もが怖がって自分を遠くから見ていた。ヴォルデモート――トム・リドルにとっては、それだけで十分だった。 * ハリー・ポッターもまた、孤独な子供だった。マグルの親戚は虐待とまでいかないが、この子供をゴミのような扱いをする。ヴォルデモートがこの子供に近づいたのは、最初は単なる好奇心からだった。遠ざけられ、蔑まれるその子供を見ていると、いつかの自分の見ているような気がしたからだ。もちろんどんな子供だろうと、魔力を取り戻したら、すぐにでも殺してやるつもりでいた。 だが、それにしても、この子供は変わっていた。 寄り掛かかってくる癖に依存はしない。魔法という力があるのに、愚かなマグルに復讐しようともしない(思いがけずやってしまうことはあるようだが、どれも相手に害の及ばないものばかりだ)。そしてどんな仕打ちを受けても決して光を失わない瞳―本当に不思議な子供だった。目を覚まさせてやろうと辛辣なことを言ったこともあったが、ヴォルデモートが何を言っても、この子供はほにゃほにゃ笑いながら頷くだけだった。 だが今は、どうだろう。 ホグワーツに入ったハリーには、もうヴォルデモートだけを頼りにしているわけではない。生れつきの名声もある。そして何より、両親を殺したのが、誰よりも信じていた"友人"だと知った。賢者の石の一件で、自分が狙われていることも知った。 「どうして僕の両親を殺したの」 「予言が関係している。だが、今はまだ言えない」 「いつか教えてくれる?君のことと、その予言のこと」 「・・・ふさわしい時が来ればな」 ヴォルデモートはいつかのハリーとのやりとりを思い出していた。結局ハリーは結論を保留することを選んだ。自分を殺そうとしている人間を、こんな状態とはいえ側に置くなんて、全く命知らずな奴だと思う。 ハリーは談話室のソファで、いつもの友人達と楽しそうに話している。ヴォルデモートは少し離れたところでとぐろを巻き、ハリーを見ていた。 ―いつか。そう遠くない未来に、このぬるま湯のような関係が終わる日が、ハリーが自分を置いていく日が来るだろう。人間とは、結局自分本位の生き物なのだ。最後は必ず裏切る。祖父を捨てた母のように。母を捨てたマグルの父のように。 (そうなる前に、俺様が全てを終わらせてやるだけだ) ヴォルデモートはハリーから目を逸らし、絨毯を見つめた。 「・・・ナギニ?」 突然ハリーは友人との談笑をやめ、ヴォルデモートの方を見た。 「ナギニ。おいで」 ハリーは微笑み、蛇に向かって手を差し延べた。 「おいハリー、やめろよ―その蛇、何か怒ってないか?」 赤毛の少年が並々でない蛇のオーラに怯えて言った。が、ハリーはそれには答えず、不意にソファから立ち上がり、ヴォルデモートの方へ近づいていく。 「ナギニ」 正面に立ち、ハリーは再び名前を呼んだ。しかし蛇はハリーを見ようともせず、微動だにしない。 ハリーは少しだけ笑って、蛇の体を抱き上げた。そして蛇を抱えたままソファに戻り、友人の間に腰を下ろす。 「ハリーったら、急にどうしたのよ?」 「ほんとだよ。噛まれたりしないのかい?」 「大丈夫だよ。賢い子だから。」 ハリーは蛇の頭を撫でながら続けた。 「でもそんな賢い子だから、判りにくいんだけど・・・時々すごくさみしそうな顔をするんだ。さっきみたいに」 (―本当に、馬鹿な奴) 蛇は自分の体に頭を埋めた。 暖炉の炎がパチパチと爆ぜる音に包まれて、グリフィンドール談話室の夜はゆっくりと更けていくのだった。 外された秒針 (今はまだ、動かなくていい) +++++ 蛇のことをヴォルと呼ぶといろいろ問題がありそうなので、ハリーは普段はナギニと呼びます。二人きりのときだけヴォル。 |