「これはまた派手にやったもんだ」

とある山道、竹林を掻き分け 一人の男が呟いた。視線の先には獅子が一頭、横たわっている。ただし、屍であるが。
胸元には獅子の仔。おそらくあの屍は親御なのだろう。仔を庇ったか、はたまた元より親御が狙われたか、どちらにせよ仔も息は……否、獅子の話は、どうでもよいのだ。問題なのは、その獅子の屍を食んでいるのが、男の相方である“兎”であることなのだから。

「どこに行ったかと思えば」

真っ白い兎が、口周りを獅子の血で赤く穢し、ご機嫌よろしく獅子の周りを跳ね回る、この異様な光景。腹を裂かれた獅子、そのはらわたを無邪気に食む兎。
昼寝から目を覚ますと兎がいなくなっていたものだから探していたら、咆哮というにはあまりにも畏怖を孕んだ獅子の叫びに不気味な気配がして、来てみれば、この有り様であった。
竹葉が血溜まりにぴとりと落ちる。
強烈な血のにおいの禍々しさと、竹林に差す木漏れ日の純朴さたるや。

「あーあ……、成る程こういうことか」

男は『合点がいった』と一言を足し、食事中の兎を見つめる。


――或る雑貨店。
一人旅をするには動物の一匹でも相方が欲しいものだと軽い気持ちで立ち寄った店。
売ってないものはおそらくないと評判のその店に、生き物も商品として置いてあったことに、へえ、と声を上げた。だけだ。
本当にそれだけなのだが、店主は『ご主人が見付かって良かったね』と兎に微笑みかけ、兎をもっふりと男の胸に抱かせた。
『まいど』
来店してから僅か数分の間の出来事である。
結局は、他の動物をどんなに吟味ても兎が頭から離れなかったため、その兎を買い取ることと相成ったのだが、店を後にする頃にとんだ不穏な台詞を聞いてしまった。

――この兎は、忌み仔なんだってさ。獰猛で、残酷で、何より悪意がない。蒼い眼が、『ころすころす』と、悪意の欠片もなくはしゃぎ回り囁き続けるそうだよ。と。


それから三日と経たぬうちに、此れである。
『もしやこの兎は、同胞を喰い殺したというあの蒼眼か』と、会う人々に幾度か問われてはいた。
その問いに、肯定も否定も出来ないくらいには男は兎について無知であったが、あの店主の言っていたこともそういった類いの問い掛けの所以も、あながち間違ってもいないだろうことを本能で理解した。
しかし、理解したくなかったのが本音である。普段は、すりすりと足許に寄ってきて、つぶらな瞳で見つめてくるような可愛らしい、ただの兎なのだから。

「にしてもお前、よく食うな……、肉を。兎なのに」

男は獅子を食み続ける兎の傍らで、深い溜め息をついた。兎はと言えば、相と変わらず夢中で獅子のはらわたを引き摺り出している。 その小さな身体の何処に収まるのか、獅子の身体の大半が既に消えていた。
跳ねたり垂れた耳が泳いだり、首を傾げたり。
仕草ひとつひとつは愛らしいものだというのに、何故こうも禍々しいかと男は項垂れた。

さてそんなことより、取り敢えずは食事の邪魔はすまいかと兎に背を向け、男は山道からちらと見える麓の村を覗き込む。
覗いた先に見えたのは、広大な緑の山々、豊かな田畑と大きな屋敷。
こんな僻地に誰ぞお偉いさんでもお住まいかとよく目を凝らせば、行列のような人だかりが見えた。
それもおそらく、若い女の。

「なあ傳仙よ、あれ、贄っぽくないか。んー、ああ、でも縛られてるようには見えねえな」

振り返ると、兎もこちらを振り向いた。

「……まあ、村まで下りれば分かる話だよな」

兎のつぶらな瞳がどこかもの足らなさそうに憂えているのを、男は見なかったこととした。



男と兎/字伏と傳仙


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