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 指先撫ぜる秋風

中庭の秋めく蒼穹の下で、僕たちは肩を寄せ合って沈黙する。それは決して不快な沈黙などではなく、寧ろ僕たちはその沈黙を楽しんでいた。
グラウンドの喧騒がやけに遠く聴こえる。
互いの身体に寄りかかり、夏の熱を残す秋の風が前髪を揺らすのを、静かに感じていた。
ただ互いの体温を制服越しに確かめ合い、僕はたったそれだけの小さな幸福を噛み締めながら、蒼穹を仰いで目を細めた。
白い太陽が、ぼんやりと温もりを注いでいる。


「もう、授業始まっちゃうかな」


ふと、グラウンドを見詰めていた彼女が呟いた。僕は校舎に入っていく砂埃にまみれた同級生たちを見ながら、けれども静かに頷く。

僕と彼女は似た者同士だ。
学校でも家でも、なにかの中心になったりする存在ではない。日常に波風立てないようにすることばかりに特化したつまらないであろう人間。
言われたことをこなして、友達と話すにも機嫌を損ねないよう無難な言葉を選び、勉学や身嗜みで教員の反感を買うこともなく無色透明な螺旋の日々を過ごしている。

だからかもしれない。
クラスで主導権を握ることも無ければ、存在感もあまり無い、平凡すぎる生徒。
そんな二人だから、互いを見付けた。
恋を、した。


「授業行かなきゃ。次は移動教室だよ」


予鈴が響いたのを聞いて、彼女は半ば名残惜しそうに僕から肩を離す。
立ち上がり、予め用意していた次の授業の教科書やらを抱えて、スカートに付いた芝生の欠片を軽く払った。
そして座り込んだままの僕を促すように、手を差し伸べる。
いつもの僕ならその手を取り、それからまた螺旋の日々へ踏み込むのだろう。

いつも、なら。

僕はその手を取る、そこまではいつもと同じだ。違ったのは、立とうとせずに、彼女を自分側へ引き寄せたこと。
不意のことに彼女は教科書やらをばらばらと落としてしまう。カシャンとペンケースが最後に立てた音の頃には、彼女は僕の腕の中に収まっていた。
細い彼女の肩を抱きすくめて、ごめんな、と一言だけ告げた。
螺旋の日々が崩れていく音が、僕には確かに聴こえた。

とくりとくりと疼いてばかりの鼓動が彼女に伝わってしまわないものだろうかと危惧する。僕は緊張していた。

きっと今は、僕たちはこの秋の空の、中心だ。
だって僕は彼女しか映していない。
彼女は、僕しか映していない。

暫く目をぱちくりとさせていた彼女は、いつもの落ち着いた空気を纏い、少し照れくさそうに僕の背に腕を回して自らを委ねた。
普段の僕、普段の彼女は、もう既に此処にはいない。


「びっくり、しちゃった」
「実は僕がいちばんびっくりしている」


彼女を抱き寄せた僕自身が言うのもなかなかに可笑しなものだ。
彼女が一瞬きょとんとして、苦笑する。
鼓動が弾む。こんな表情もするのか、


「本鈴、鳴っちゃったな」
「……うん」
「僕、授業さぼるの初めてだ」
「わたしも」


何でだか、その後のことは考えていなかった。どきどきして、可笑しくて、額を合わせて笑った。
恐れることなど何もなく、愛しいという感情が胸の内からするりと流れていく。
日溜まりの中で彼女の指先をそっと包み、僕たちは初めての口付けを交わした。
互いに照れてしまい、それは一瞬のことだったけれど。

鰯雲の数だけ、僕は彼女に恋をする。
柔らかい芝生の上で、幾度もおずおずと一瞬だけの口付けをした。
小鳥がパンくずを啄むように、水面に舞い落ちるひとひらの花びらのように。

あとはただ、他愛もないことをぽつぽつと話した、かな。




誕生日おめでとうございました。姉へ。



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