第伍話


 
桃源郷から閻魔殿へ帰る道すがら、私は桃太郎ブラザーズの皆さんに囲まれて、プチムツゴロウ気分を満喫していました。

「桃太郎、元気そうで良かったな!」
「一人だけ天国に就職した時は大丈夫か心配だったが……。
 新たに目標も見つけられたみたいだしな」
「うん!それになんか、大人になったよね!」

別れた後も、彼らの話題は(元?)主人である桃太郎さんのことばかり。やはりなんだかんだ言って、皆さん離れ離れになってしまった桃太郎さんのことが気になっていたようですね。
「でも小籠包食べ放題はなかったねー。残念!」
「シロさん、貴方どんだけ小籠包食べたいんですか」
訂正。どうやら、約一匹は忠誠心より全力で食欲のようです。
それにしても、シロさん……。不喜処地獄の仕事も食事の一環なのに、休日も食事ばかりしていたら、貴方その内閻魔大王みたいになりますよ?


*第伍話*


閻魔大王第一補佐官は、今日も今日とて残業に明け暮れていた。
黙々と雑務をこなす彼の隣に、書類を溜めこんだ元凶の姿は既にない。閻魔庁の主ともあろうものが、あの程度の激務で潰れるなんて、実に嘆かわしい。
全く。日頃からきちんと死ぬ気で働かないから、ああなるのだ。これからはもっともっと厳しく鍛えてやらねば、と。彼の上司が聞けば悲鳴を上げてのた打ち回るであろうことを考えながら、ひたすら書類を処理し続ける彼の元に、小さな三つの影がやって来た。

「……鬼灯様」
「おや、ルリオさん。柿助さんにシロさんも。
 皆さんお揃いで、どうしたんですか?」

低く名を呼ぶ声に、鬼灯は顔を上げる。
そこには、最近不喜処地獄に就職し、現在は契約社員として職務に励んでいる、桃太郎のお供たちが並んでいた。彼らに揃って会うのは、先日桃源郷を訪ねて以来だ。
「一体、どうしたんです」
いつもなら挨拶と同時に真っ先に飛びついて来る筈のシロは、耳を下げて項垂れている。お調子者の柿助も、普段と違って戸惑いと困惑をその顔に浮かべていた。常に冷静沈着なルリオでさえ、何処か緊張しているように見える。
だが、徒ならぬ雰囲気の三匹に反して、鬼灯は特に動じる様子もなく、首を傾げて淡々と繰り返した。面倒事はいつも、こんな風に次から次へと地獄の御意見番の元へ降ってくるのだ。

「鬼灯様。貴方を鬼の中の鬼と見込んで、内密に御相談したいことがあります」
「はぁ……確かに私は鬼ですが。御相談とは?」

手にしていた金魚草の筆を置き、鬼灯はルリオを見た。
「桃太郎を、地獄に再就職させて貰えないでしょうか」
「何故ですか?」
「……」
「もう彼は桃源郷で仕事に就いているでしょう。
 閻魔庁所属の私の一存で、天国所属の彼を再就職させることはできません」
そもそも、桃太郎本人から退職の申し出はないし、先日彼らと桃源郷に赴いたときも、そんな素振りはなかった。
「……ですが」
「何の説明もなしに要望だけ言われても困ります。理由を教えて頂けますか?
 それが無理なら、私にとっても貴方がたにとっても時間の無駄ですので、お引き取りを」
「……」
きっぱりとそう言っても、彼らは少しの間迷っていた。
互いに顔を見合わせて、意を決したように頷き合うと、再びルリオが嘴を開く。

「その……桃太郎の雇い主の、白澤様のことなんですが……」
「……アレが何か?」

予測していたとはいえ、思わず眉間に皺が寄る。吉兆の印だか瑞獣だか何だか知らないが、あの神獣の名は鬼灯に不快感しか与えない。
その形相に怯えつつも、今度は柿助が言う。
「俺、噂で聞いたんですけど、あの人……無類の女好きだって」
「いいえ。アレはそれどころの話ではありません。
 女狂いの酔いどれ爺です」
だが、何かに特別に秀でているものが、それ以外の点において禄でもないなんていうのは良くある話。頭の可笑しい師匠の下、修練に励む弟子なんて、幾らでもいるだろう。もっとも、自分がそんな立場に置かれたら、まず間違いなく師匠を矯正するだろうが。
「あの人、しょっちゅう衆合地獄の花街で遊び歩いているそうじゃないですか。
 最近じゃ、酔い潰れた白澤様の迎えまでさせられて」
「私もそれはそこら辺に放っておけば良いと思いますが。
 桃太郎さん本人がされているのなら、別に私たちがとやかく言うことはないでしょう」
なるほど。自分たちの主が下男のような真似をさせられているのが、我慢ならないということだろうか。
しかし、こうしてルリオたちの話を聞いてはいるものの、鬼灯には桃太郎をやめさせるつもりなど毛頭ない。初めは単に桃の申し子だし、自然に囲まれて農作業でもしていれば少しは落ち着くだろうという程度の考えだったが、その結果は予想以上だった。
桃源郷名物の仙桃の質は上がり、観光名所の桃園は綺麗に整備されている。極楽満月に依頼した漢方は納期の内に配達され、遅れる場合でも事前連絡が入るようになった。花街の上得意が道端で行き倒れて、烏天狗警察の厄介になることもない。

「―――っ、俺は気が気じゃないんです……!
 あいつ、住み込みで働いているんですよ。何か間違いがあったらどうするんですか!」
「ああ……そちらの心配ですか。
 安心なさい。あの男は確かに色事に執心していますが、衆道の気はありませんから」
「全く少しも安心できません」

ばちり、と見えない火花が散った。
鳥独特の鋭い目が、真っ直ぐこちらを見据えてくる。
そんなルリオの様子に、何故だか既視感を覚えた。ただそれは、鬼灯自身が体験した出来事ではない。
(ああ、そうです。この間食堂で見たホームドラマ。
 娘離れできない父親が丁度こんな感じの台詞を―――……?)
いや、ちょっと待て。それは可笑しい、と鬼灯は首を捻る。
「貴方がた……私に、何か隠していませんか」
「……」
英雄のお供たちは、忠義に厚い。決定的な情報を鬼灯に伝えるべきかどうか、彼らは迷っているようだった。
自分の直感が正しいとすれば、大前提として『あの人物』が『そう』でなければならない。
もし『そう』なのだとしたら。『それ』は、アレにとっては格好の獲物だ。彼らの言うように、自分はあの色狂いのところに、とんでもないものを送りつけてしまったことになるのではないか?

「あっ、あのね鬼灯様!
 桃太郎は、その……ええっと―――そう!桃太郎は、『百』なんだ!!」
「はぁ〜……。シロさん、貴方ちょっと黙っててくれませんか……」

酷いよ!と、白い犬は哀れっぽい声を上げて鳴く。
鬼灯は額を押さえた。まだ徹夜2日目だというのに、酷く目眩がした。
 


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