第肆話


 
犬、猿、雉の三匹が桃タロー君の元へ駆けてくる。

「桃太郎ー!」
「遊びに来たぞっ!」
「元気にしてたか?桃太郎」
「シロ!柿助!ルリオー!」

ルリオ君を肩に乗せ、シロちゃんと柿助君に囲まれている彼は、まるで昔話の桃太郎のようで―――って、そういや本物の英雄だったこの子ら。
じゃれ合いながら互いの近況を報告している彼らを見ていると、こっちも微笑ましい気持ちになるね、うん。
「お仕事順調?」
「うん、まぁぼちぼちかな。
 桃園の管理の他に、薬のことも白澤様に教えて貰ってるんだ」
いつか自分印の薬を作ってみたい、と目標を掲げる桃タロー君は、出会った頃よりも生き生きしている。連れて帰った夜なんて、一見普通そうに見えてなんか世捨て人みたいな危ない雰囲気醸してたから、ホント随分変わったよねー。
でも桃タロー君印なんて言われたら、キビダンゴしか思い浮かばないんだけど。それってもう既にあるよね、未来道具で。
まぁ……とにかく。就職で離れ離れになってしまったお供と久々に会うことができた桃タロー君は、とても嬉しそうだった。

「キビダンゴなんてなくても、調教すればいい」
「お前はな!」

あーあ!シロちゃんたちを連れて来たのがこいつでさえなけりゃ、僕も心の底から全力で歓迎できたんだけどなぁああ!!


*第肆話*


双方共に見上げる長身で、一方はすらりと線が細く、もう一方はすっきりと引き締まっている。
切れ長の細目に、すっと通った鼻筋。その顔立ちは、女顔負けに整っている。
白澤と初めて顔を合わせた時から、何となく感じていたものの正体が漸く分った。
鬼灯と白澤。二人の顔を並べてみると良く分かる。彼らは、とてもよく似ているのだ。

「あの……お二人は、親戚か何か……?」
「違います。只の知人です」

突き放すような、強い口調で即答された。
お互い東洋医学の研究をしていてその関係で付き合いはあるが、基本極力会わないようにしているのだ、と。一方は仏頂面、もう一方はやや引き攣った笑みを浮かべて教えてくれる。
その間も、辺りに流れる空気は何処かピリピリと張り詰めていた。鬼灯はともかく、良くも悪くも人当たりのいい白澤のこんな様子を、百は見たことがない。
「まぁ、簡単に言ってしまうと、コイツが大嫌いなんです」
「僕もお前なんか大っ嫌いだよ。
 大体僕は吉兆の印だよ?こんな常闇の鬼神と親戚だったら信用ガタ落ちだよ!」
「は、はぁ……」
いつも地獄の花街へ遊びに行ったり、地獄から女性をお持ち帰りしたり、薬を貰いにやって来た女性獄卒まで口説き落としたりしているのに、今更信用も何もないと思うのだけれど。
だからといって、そうですね、と同意する訳にもいかないので、とりあえず曖昧な返事をしておく。

「いいですか、桃太郎さん。
 この男の脳みそは信用しても良いですが、口は信用してはなりませんよ」
「はい、大丈夫です。
 その辺りはもう十二分に分かってますので」
「そうですか。ならよろしい」
「よろしくねーよ!
 ていうか桃タロー君まで酷いよ!」
「あ、すいません。つい本音が」
「余計酷いよ!!?あと真顔で言うの止めて!辛い!」
「うるさいですよ。私も桃太郎さんも事実を言っているまでです。
 ああ、それと桃太郎さん。他にコイツの注意点をあげるとするならば―――」
「……よう、兄ちゃん。
 何も言わずにこれ飲んでくれへん?なぁ?」

般若のような顔をして毒々しい色の小瓶を取り出す白澤と、無表情でその頬を捻る鬼灯。
これではどちらが本物の鬼だか分からないな、と内心呟きながら、傍にいるシロと柿助の頭を撫でた。すると、肩に乗っていたルリオが、自分もとばかりに喉を鳴らして頬に擦り寄ってくる。久々にお供たちの温かさを感じて、百も穏やかな気持ちになった。
ああ、啀み争うことの、なんと虚しいことか。

「それより、注文していた金丹は?」
「金丹ってあの妙薬の……?」
「うん、そう。コレだよ」

白澤が店から持って来たのは、金色に輝く一粒の丸薬だった。
鬼灯は仕事の傍ら漢方の研究もしているらしく(何処かの誰かもこの勤勉さを見習ってほしい)、今日はその一環として、この中国の妙薬を取りに来たのだそうだ。
「……」
「な、なんだよ……」
無言で近づいてくる鬼灯に、白澤は思わず及び腰になる。
金丹を受け取れる距離まで近づくと、彼は差し出された白澤の手に、自分のそれを重ねた。
「え?何?キモチ悪……」
そのまま無言で合わさった手を暫し見つめて、常闇の鬼神は呪文を唱えた。

―――バルス!!!
「ぎゃああぁあぁぁぁあああ!!?
 手が!手がああぁぁアアアアア!!!!」

平和で長閑な桃源郷に、神獣の絶叫が響いた。
その間も、めきめき、と恐ろしい音を立てて白澤の手が歪んでいく。物凄く痛そうだ。
「それは何か!?『滅びよ』ってことかオイ!!」
「でも……それだと、滅びるの白澤様じゃなくてこの桃源郷ですよね?」
「しまった。それは困りますね」
「冷静にツッコミ入れてる暇があったら助けてよ桃タロー君!
 ったー……!だからコイツ嫌いなんだよ!」
なんとか振り払った手を擦りながら、白澤は畑の方へと歩き出す。どうやら、金丹の他に高麗人参を頼まれていたらしい。
「あっ!白澤様、それなら俺が……」
「よいのです。アレに獲りに行かせなさい」
流石に師匠に雑用はさせられない、と百が慌てて後を追おうとするが、鬼灯に止められる。
「白澤さん、一つ言います。
 由緒ある神獣でも罰は当たりますよ」
「当たらないもーん」
寧ろお前に当たれ、なんて仮にも神様とは思えない発言をしながら、彼はへらへらと歩いて行く。
言葉に若干の棘こそあるものの、先程まで怒鳴り散らしていたのが嘘のようだ。切り替えが早いというか、楽天的というか、能天気というか……そういうところはとても天国の住人らしいな、と。遠ざかって行く白澤の背中を鬼灯の後ろから見守りながら、百は呑気にそう思っていたのだけれど。
その姿がもう少しで見えなくなるというところで、不意に彼は動きを止めた。

「えっ……うわっ!!?」
「白澤様!!?」
「かかりましたね」

ずぼ、と突如音を立てて、白澤の腰から下が地面に埋まる。
不穏な台詞を呟く閻魔の腹心の横を抜けて急いで駆け寄るが、一足遅かった。
そこに師の姿は既になく、深い深い穴だけが残っている。
「ま、まさかさっきのバルス……!」
「そんな訳ないでしょう。ツッコミと見せかけて、実は貴方ボケなんですか?」
「いやその……神獣&鬼神パワーでなんというか、こう……ねぇ?」
「はぁ……?良い年して、アニメの見過ぎじゃないですか?」
「アンタに言われたくねーよ!!
 でもじゃあ、この穴は一体……?」
「ああ、この穴は私自ら休日返上で6時間かけて掘ったものです。
 天国から現世を突きぬけて、真っ直ぐ地獄までご案内―――これが本当の奈落の底、ってね」
「鬼神単体のパワーだった!?ていうか、全部アンタの仕業かい!!」
「いやぁ、徹夜した甲斐がありました」
「んなことしてる暇があったら休めよ!!
 アンタ死ぬほど忙しいんでしょう!?」
そう言う鬼灯の顔は無表情だが、何処か達成感に溢れている。
ツッコみ疲れた百は、恐る恐る白澤の落ちていった穴を覗き込んだ。しかし、穴の向こうに辛うじて現世を垣間見ることはできたが、流石に地獄までは遠過ぎて見えなかった。

「ハハハハハ、人がゴミのようだー!」
「うるせえぇええこのジブリマニア!!!」

正に同族嫌悪。
性根の似た者同士って、妙に仲が悪いんだなぁ、とその日百は実感したのだった。
 


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