第弐話


 
「酷い……『桃太郎』からお供を奪うなんて、鬼か……!!」
「鬼ですから。
 ところで桃太郎さん。貴方にも是非紹介したい転職口があるのですが」
「え?」
ひょんなことから、宿敵である筈の鬼の紹介で、新たな職に就くことになりました。


*第弐話*


百が鬼灯に斡旋された就職先は、シロたちが働く不喜処地獄から天高く離れた、天界の『桃源郷』だった。
「初めまして、本日からこちらで働かせて頂くことになりました。
 桃太郎と申します」
「初次見面!閻魔庁の人から話は聞いてるよ。
 僕は白澤。ここ一帯を管理してるんだ」
にっこりと人好きのする笑みを浮かべて、白衣を着た黒髪の青年は微笑んだ。
姿形こそ普通の人間だが、聞いたところによると彼は『白澤』という中国の神獣なのだという。
「君、桃の申し子なんだって?
 この『桃源郷』の樹木の管理役にまさにぴったりじゃないか!」
「あはは……」

「何か分からないことや困ったことがあったら、気兼ねなく言ってね。
 これから宜しく、桃太郎君!」
「はい。こちらこそ宜しくお願い致します、白澤様」

こうして、百の天国での生活は平和に再スタートした。

***

数日後。
「あー、いたた……。これ絶対腫れてるよ……。
 ていうか、何もグーで殴らなくても……」
「……白澤様?」
「あ、桃太郎君!」
柴刈りと仙桃の世話を一通り終えて、今日の寝床に決めた大木の傍で休んでいると、偶然白澤に出会った。

「どうしたんですか?右の頬真っ赤になってますよ?」
「あ、あはは。ちょっとね……」

苦笑する白澤に、百は近くの水汲み場で冷やした手拭を渡す。
「ありがとう。君はこんなところで何してるの?」
「どういたしまして。
 いえ、特に何も……仕事も一段落したので、今日はそろそろ休もうかと思って」
「えっ!まさかこんな遅くまで働いてたの!?」
「え……?はい、まぁ」
真面目だなぁ!と目を瞬かせる白澤に、百は首を傾げる。
頬に手拭を当てて冷やしながら、彼はそばにある木から仙桃を2つ手折ると、その内一つを百へ差し出した。
「……食べて良いんですか?」
「勿論!こんなにあるんだし、君が世話してくれてるんだからね」
「ありがとうございます。頂きます」
素直に受け取ると、白澤は満足そうに頷いて百の横に腰を下ろして、仙桃に齧りつく。
「しっかし本当に綺麗になったなぁ。
 数日前とは見違えるようだよ」
「まぁ、柴刈りは家業でしたし……」
「いやそれもだけど。仙桃の木が生き生きしてる。
 流石は桃の申し子だねー」
「それ、関係あるんですか?」
「あるさ、大アリだよ!僕が世話したってこうはならない」
そういうものなのだろうか。
まぁ、神たる獣がそう言うのだから、きっとそうなのだろう。
「これだけ良い仙桃があれば、いつもよりずっと良い金丹ができるよ」
「じゃあ明日にでもいくらか収穫して、お店の方にお届けしますよ」
「本当?僕は助かるけど……桃太郎君、大変じゃない?」
「大丈夫ですよ。この辺り一帯は一通り整備し終わったので」
世話をする相手が生物である以上、定期的に手を入れる必要はあるけれど、そんなに時間のかかる仕事ではない。正直、手持無沙汰で明日からどうしようか困っていたのだ。
とりあえず、明日は白澤のところに仙桃を届ける仕事ができたので、その間に何か他にすることはないか探してみよう。

「白澤様?」
「……嘘でしょう?」

そんなことを考えながら黙々と仙桃の皮を剥いていると、不意に視線を感じた。
手を止めて横を見ると、白澤は仙桃片手に口をあんぐり開けて固まっていた。
「ここ一帯って……どれだけ広いと思ってるの!?
 まだ働き始めて1週間も経ってないのに……」
「いや……他にすることもなかったんで……」
「信じられない!することないから働くの!?君、ワーカーホリック?
 だから倭人は過労死が多いんだよ……もう死んでるんだから、そんなに生き急がなくて良いじゃないか」
「神様とは思えない発言ですね……」
怠惰の神ならともかく、仮にも吉兆の印ともあろうものが。
「あのねぇ。神たる僕らが勤勉だったら、とっくの昔に皆邪神になってるよ。
 大体、神様=清廉潔白なんて都合の良いイメージ押し付けられても困る」
「あぁ……それは、何となく分かります」
昔話に出てくる英雄と神様とでは、その苦労は比べるべくもないだろうが。名が知れているということは、必ずしも良いことではない。

「でしょう?だから働いてばかりいては駄目なんだよ。
 疲れたらゆっくり休むべきだし、しっかり遊ぶことも必要なんだ。
 特に僕がおススメしたいのは、美味しいお酒を飲むことと、楽しく女の子とを遊ぶことかな」

くるくると仙桃を弄びながら、戯けて嘯く白澤に、百もつられて笑う。
「あはは、俺もお酒は結構好きですよ」
「それは良かった!じゃあ、今度一緒に飲みに行こうよ」
「ええ、是非」
「よし、約束だからね。
 さーて、飲み直すにはもう遅いし、ちょっと早いけど家に帰るかな」
君も今日はもう休みなよ、と仙桃の食べかすをそばの茂みに放って、白澤は立ち上がる。
そのまま立ち去るのかと思いきや、彼はこちらを見たまま動こうとしない。

「白澤様?どうかしました?」
「……桃太郎君」

帰る白澤を見送ろうとしていたら、頭上から声が降ってくる。少し不満そうな声音だった。
訳が分からず百が首を傾げて訪ねると、休まないと駄目だよ、と何故か続けて念を押される。
「分かってますよ。ちゃんと休みますから」
「だったら座っていないで、君も早く家に帰りなよ」
「いや、帰る必要ないんです」
「は?」
ここで寝るので、と伝えると白澤はぽかんと口を開けて固まった。
「えーっと……言っている意味がよく分からないんだけど」
「ですから。俺今日はここで寝るんですって」
ぽんぽん、と仙桃の木の根を叩いて示すと、白澤は目を眇めた。
「桃太郎君……素面に見えて実は凄く酔ってたりする?」
「酔ってませんよ」
天国にやって来てからつい先日鬼灯に叩きのめされるまで、定職についていなかった百には家がない。不喜処地獄に就職したシロたちは寮があるそうだが、百は閻魔庁に就職した訳ではないので、寮を与えられなかった。鬼灯に頼めばもしかしたら住まいを探してくれたかもしれないが、喧嘩を吹っ掛けたことを不問にしてくれた上、自分を含め仲間全員に職の斡旋までしてくれた彼に、これ以上迷惑はかけられない。
そもそも鬼ヶ島を目指して旅をしていた頃から野宿には慣れていたし、常春の世界である天界は現世に比べて気候は穏やかだ。何よりここにいる人々は基本善人ばかりなので、治安も良く、身の危険もない。
とりあえず当面は野宿で我慢して、給金が出たら慎ましやかな家を探すつもりだった。

「君、頭大丈夫?」
「……。そんなに可笑しいですか?」

「うーん。妙に達観してるというか、投げやりというか……まるで他人事?
 桃太郎君、君は一体何と戦ってるの?何かの修行?仙人にでもなりたいの?」
「そんな大層なことはしてないんですが。
 単に俺は、今までの自分の行いを恥じて、心を入れ替えて日々堅実に暮らしていこうと……」
「あーもう!堅い!堅いにも程があるよ!」
「ええと、すみません?」
「中途半端に謝らないの。はぁー……仕方ない。
 ここでこうして会ったのもきっと何かの縁、神様の思し召しだ」
「……いや、神様は貴方でしょう?」
「つべこべ言わない!
 良いから黙って僕についておいで!」
「え?」
「心配しなくても大丈夫!そんなに広い家じゃないし、空いてるのは倉庫しかないけど。
 屋根はあるし、少し古いけどちゃんと家具もあるから」
「いや、あの……白澤様!?」
そう言いながらずんずん進んで行ってしまう白澤に、百は思わず腰を浮かせる。脇道まで進んでから振り返り、桃がついてきていないことに気付くと、彼はその場で仁王立ちになり百を呼びつけた。
それでも百が動き出さないのを見ると、痺れを切らしたのかこちらの方へ戻って来て、徐に腕を引く。
「桃太郎君、早く行くよ!」
「いや、あの、行くって一体何処に!?」
「何処って、決まってるだろ!『うさぎ漢方極楽満月』だよ」
「―――はぁ!?それ、アンタの職場兼家じゃないですか!?」
勢いに負けて百がつられて歩きだすと、白澤は満足そうに笑ってこう言った。

「うん。今日からは、君にとっても職場兼家だよ!」
「えぇえええ!!?」
 


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -