第壱話


 
むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。
おじいさんは山へしばかりに、おばあさんは川へせんたくに行きました。
おばあさんが川でせんたくをしていると、大きな桃がどんぶらこ、どんぶらこ、と流れてきました。おばあさんはその桃をひろいあげると、家に持ち帰りました。
そして、おじいさんとおばあさんが桃を食べようと切ってみると。

なんと、元気な女の赤ちゃんが飛び出してきたのです!


*第壱話*


あの世には、天国と地獄がある。地獄は『八大地獄』と『八寒地獄』の二つに大きく分かれ、さらに二百七十二の細かい部署に分かれている。
此処、『不喜処地獄』は、その中でも比較的軽い罪のものが鳥獣に骨の髄まで拷問される地獄である。

「ここで一番強い奴を連れて来いっ!!」
「困りますよぉ〜。そういうことはまず受付を通して頂いて……」

凛とした良く通る声が辺りに響く。
結いあげられた見事な黒髪と、桃の果実と葉を連想させる薄紅色と若草色の袴に身を包んだ亡者―――室町時代の英雄『桃太郎』こと百は、日本刀を目の前にいる鬼の役人に突きつける。
融通の効かない公人のテンプレートのようなセリフを吐く男鬼に、百は苛立っていた。
桃太郎と言えば鬼退治、だが、こんな下っ端(つまり弱者)を痛めつけるのは英雄としての矜持が許さない。

「あっ、鬼灯様!申し訳ございません、お忙しい中……」
「来たな、そいつが上官か!」

後ろの方でひそひそ話していた役人たちが連れてきた鬼人を見て、百は役人を解放する。
やって来た鬼灯という一本角の鬼人は、慌てる周囲の鬼たちと違い、全く動じる様子はない。黒と赤を基調とした着物を身にまとった彼の眼光は鋭く、表情はなかった。

「おいお前、俺と勝負しろ!!」
「……」

そう言って百が刀を構えるのを、鬼灯は暫く黙って見ていた。
少しして、漸く動いたかと思ったら、彼は横にいた役人に小声で話しかける。
「(あの困ったさんはどこのコですか?)」
「(アレが『桃太郎』って奴です)」
「ヒッ……ヒソヒソするなぁっ!!」
「アイツ、急にやって来たと思ったら道場破りみたいなことし始めて……」
「しかもなんか無駄に見目が良いから女性職員が味方になって、上官呼ぶだけ呼んできてやれって囃し立てるもんだから余計に大事に……」
「ああ……残念なイケメン、という奴ですね」
「残念言うなぁっ!!―――ってあれ、ご婦人方は!?」
はっと我に返ると、さっきまで後ろで応援してくれていた女性職員(鬼、鳥獣他)がいなくなっていた。百の周りにはいつもの3匹の仲間たちしかいない。
「キャー!鬼灯様よ!」
「上官として鬼灯様が来て下さればと思っていたけれど、まさか本当に来てくださるなんて……!」
「ああっ、あの鋭い瞳すてきだわぁ〜」
「ふっふっふ!どーだ!参ったか!」
「鬼灯様はなぁ、地獄一人気のあるお方なんだぞ!」
「なんでアンタ等が自慢気なんだよ!!?」
「はぁ……私はそんな大したものではありませんよ」
「くそぅ……」
鬼灯はギャラリーを背負って肩を竦める。
男装をしているものの、百にそっちの気はないので女性を取られても全然構わないのだが、この状況はなんだか悔しい。
「我々は鬼ヶ島のゴロツキとは違い、身を粉にして働いています。
 倒される筋合いはありません。
 大体、今の貴方は定職にも就かずフラフラと……」
「ぐっ……お、お母さんかアンタは!!?」
物凄い正論。全国の就職浪人生や自宅警備員の胸に突き刺さる言葉だ。

「おのれ鬼めっ……!
 桃太郎の剣術、受けてみ―――……!!」
ぺきん。

びぃぃぃん、と折られて岩に突き刺さった刀の先が、虚しく反響音を立てる。
「まぁ、そりゃあな……」
「たとえ剣豪でも、金棒一振りされたら剣折れるよね」
「冷静にツッコミ入れるくらいならお前等加勢しろよぉおお!!!」
「いや〜、だってどう見てもかないそうにないし」
「見るからに鬼ヶ島の鬼とはレベルが違いますって感じだもん」
「だもん、じゃねーよぉ!!!」
苦楽を共にしたはずの仲間たちからの心ない言葉に、百は叫ぶ。
「……。何で鬼ヶ島で勝てたんでしょうこの人」
「イヤア、正直あの時、鬼ベロッベロに酔ってて……」
「バラすなああぁああっ!!」

「―――うるさい」
「ぶっ!!!?」

「貴方、折角英雄として生きたのに死後こんなことしてて……情けなくないですか?」
「すげぇ正論言ってるけど!
 アンタ色々面倒臭くなって暴力で片付けようとしてるだろ!!?」
「暴力いいじゃないですか。
 地獄なんだから、全部暴力で解決しましょうよ」
「暴論すぎるだろ!!いや止めてあの腕力の上に金棒でぶたれたら死ぬ!!!」
「もう貴方死んでるじゃないですか」
「死んでても痛いのは嫌なんです!!!
 というか少しは加勢してよ皆!!?」
金棒を持ってじりじりと近づいて来る鬼灯から後ずさりながら、助けを求めて仲間たちを振り返る。

「……桃太郎、もう止めようよ」
「シロ……柿助、ルリオ……?」

そこには、悲しそうに項垂れる3匹の姿があった。
「桃太郎だから鬼に固執するなんて、間違ってるよ」
「いつまでも『桃太郎』の名にすがってちゃ、だめなんだよ……」
「俺も色々言ったし、色々あったけど……本当はアンタが好きだから一緒にいるんだ」
「み、皆……!」
ああ、そうか。自分は間違っていた。
のほほんとした天国でやるべきこともなくのうのうと過ごしているのが苦痛で、衝動的に馬鹿な真似をしてしまった。
仲間たちのことも考えずに、一人で突っ走って。それでもシロたちはついて来てくれていたのに、なんて酷いことを言ってしまったのだろう。
漸く大切なものに気付いた百は、仲間たちに駆け寄る。

「ごめんな、皆。俺間違って―――」
「あの、よければ犬猿雉さんは不喜処地獄へ就職しませんか?
 最初は契社、3ヶ月後正社で」
「「「えっ……良いんですか!!?」」」
「コラァ――――――ッッ!!?」

3匹は百の横をすり抜けて、鬼灯の元へ駆けて行く。
長年の友情は、鬼の手によって脆くも崩れ去るのだった。
 


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