第質話


 
うーん……。気絶したフリしとけば少し休憩できるかな、と思ってそのまま壁にめり込んだままでいたんだけど……なんだか凄く出にくい雰囲気だなぁ。
でも、良い方向に鬼灯君たちの話がまとまったみたいで良かった。

「ところで、シロさんたちと私以外にこのことを知っている方は、他にいるのですか?」
「いいえ。爺ちゃんと婆ちゃんは当然知ってましたけど」
「ああ、もう転生されていますよね」
「はい。あー、あとは……」
「その人なら、今は阿鼻地獄に向けて絶賛落下中です。
 現世でありとあらゆることを好き放題されたようですね。
 まだ千年以上紐なしバンジー続ける予定ですから、当分気にする必要はないでしょう」
「あ、そうなんですね。なら安心です」

あれ!?なんか和やかな雰囲気で凄い不穏な会話聞こえてきたんだけど!?
いつも無表情な鬼灯君はともかく、今のそんな柔らかい笑顔を浮かべる場面じゃなかったよね、桃太郎君!!?
「何を呑気なことを言っているんです。
 いいですか、決して不用意にこの話題を外でしてはいけませんよ?
 人の口に戸は立てられないのですから」
「分かってますよ、大丈夫ですって。
 そもそも、あいつらと出会ったのも『桃太郎』になってからですし。俺自身も、『百』より『桃太郎』として過ごした時間の方が圧倒的に長いんですから。
 どっちかっていうと、今の状態の方が俺にとっては普通なんです」
うーん……まさか、桃太郎君―――いや、百ちゃんが本当は女の子だったなんてなぁ。
百ちゃんも義経君みたいに中性的な雰囲気ではあるけど、どちらかというと義経君の方が女の子に見える。背は彼の方が小さいし、百ちゃんの立ち振る舞いや口調は成人男性のそれだしね。
「だとしても、貴女が女性であることに変わりはありません。
 そんな恐ろしいこと、アレが知ったらどうなるか……まぁ、貴方は信用しているようですが?私はそうは思いません。細心の注意を払うべきです。

 大体このご時世、一体何処で誰に何を聞かれているとも―――……!」
「……!?」

そう言いかけて、ハッと鬼灯君は息を呑む。
何か、とても重要なことを思い出したようで、ぐりん、と勢いよくこちらを振り返った。
いつも思うけど、急に動きを止めて、いきなり動き出すの怖いからやめて欲しいんだけどなぁ……。特に、今みたいに突然振り返られるとびっくりしちゃうよ。鬼灯君って無表情だから、余計怖いんだよねぇ。

「……大王」
「うわっ!!?」
「貴方。今の話、一体何処から聞いていましたか?」
「え!?あ、いや……」
「―――いいえ、答えて貰わなくて結構です。
 いいですか、百さん。今から、もしも誰かに貴女の秘密がバレてしまった、もしくはバレた可能性がある時の対処法を教えて差し上げます」
「いや、ちょ―――っ!?まっ、ぎゃああぁああぁぁぁあぁあああ!!!?」

壁にめり込んでいるワシのところに一瞬でやってきたかと思うと、彼はワシに向かって愛用の金棒を振り上げる。
ちょ、百ちゃ……じゃなくて、桃太郎君!?メモ取り出してないで、ワシを助けてよおぉぉおぉ!!?


*第質話*


「こんにちは。白澤様、桃太郎さん」
「いらっしゃいませ、お香さん」
「あっ、お香ちゃん!いらっしゃい〜」
今日も綺麗だねぇ、なんて歯の浮く台詞をさらりと言いながら、白澤はカウンターから飛び出していく。
明るい緑色の髪をした美しい鬼女、お香はにっこりと笑みを浮かべて、いくつか薬を注文した。
白澤は彼女に頼まれた薬を出すように百へ指示すると、ここぞとばかりにお気に入りの常連客を口説き始める。だが、そんな巧みな口説き文句をさらりと受け流して、お香はころころと笑っていた。流石は愛憎渦巻く衆合地獄の補佐官である。

「あれ、白澤様は?」
「あちらで新患さんとお話しされているわ」

奥の部屋の棚から薬を出して戻ってくると、カウンターにはお香しかいなかった。
示された方を見ると、店の入口で可愛らしい天女と話し込んでいる店主の姿があった。
「はぁ〜。またやってるよ、あの人……。
 すみません、お香さん。お待たせした上に……」
「アラ、アタシは全然構わないわよ?
 だってこうして、あなたと二人っきりでお話できるんだもの」
「なっ、何言って……」
「あらまぁ、照れちゃって。可愛いわねェ」
くすり、と微笑んで小首を傾げる仕草はとても艶やかで、百を眺める視線は何処か意味深だ。そんなつもりがなくても、顔に血が上って行くのが分かる。

「か、揶揄わないでくださいよ、お香さん!」
「ふふふ。本当に可愛いのね、『百ちゃん』」
「―――……は?」

薬袋を抱えたまま茫然と立ち尽くす百に、お香は困ったように眉を下げた。
「もうちょっと上手く嘘を吐けるようにならないとだめよ。
 折角とても上手に男の子に化けているのに。それじゃあ、あっという間にばれてしまうわ」
「て、適切なアドバイスどうも……。
 あの、お香さん。つかぬことをお聞きしますが―――」
「ええ、鬼灯様からお話を伺って。
 貴女の様子を見てくるように頼まれたの」
白澤に聞こえないように声を潜めて、お香はお付きの蛇の頭を撫でる。
帯代わりに彼女の腰に巻き付いている彼らは、鮮やかなピンク色をしていた。目を細めてお香の手にすり寄る一匹を、撫でられていないもう一匹が、ちろちろと舌を出しながら何処か不満そうに見ている。
蛇は『カガチ』という異称を持つが、赤い提灯のような果実を実らせるあの植物も、同じ別称を冠するのだったか。いつだったか、以前師に教えて貰ったことを何となく思い出した。

「どうか鬼灯様を怒らないであげて頂戴ね。閻魔様と私の他は誰も知らないから。
 私にお話されたのも、女性にしか相談できないこともあるだろう、って考えられてのことなのよ」
「別に怒っていませんよ。予想以上に心配性だったんだなぁ、とは思いましたけど。
 そもそも俺、このこと隠してる訳ではないので」
「あら、そうなの?」

驚いたように目を瞬かせるお香に、百は頬を掻いた。
初めは鬼退治に向かう為に始めた男装だったが、鬼を倒した英雄となって、『桃太郎』としてその存在が定着してしまった。そのままなし崩し的に死後もこの格好を続けているだけで、特にそれに執着している訳ではない。
姿形で男と判断されるのを一々訂正して回るのも面倒だし、その必要も感じないから今のようになっているだけなのだ。シロのように嗅覚で性別を判断する者にはバレている筈なのだが、面と向かって確認されたことはないので、きっと皆、色々と察してくれているのだろうと思う。

「まぁ、白澤様は例外中の例外ですけど」
「そ……そうよねぇ」

流石のお香も苦笑するしかないようだった。
極楽満月に住み込みで働くことになった直後は、百も白澤に自分の性別について話そうか迷った。しかし、出会って1週間と少し、弟子入りして数日で、すぐに隠すべきだと確信した。
まぁ、いつまでも隠し続けることはできないだろうし、鬼灯にも言った通り白澤を信じてはいるのだけれど。積極的にその事実を伝えるつもりはない。間違いは起こらないだろうが、確実に面倒なことになるのは目に見えているからだ。

「この後、何か用事は?ちなみに僕は、今晩暇です」
「いや、あの……私、彼氏います……」
「え〜、そうなの?残念」
「「……」」

別れたら教えてね、なんてとんでもないことを神獣はさらりと吐く。
薬を受け取った天女を笑顔で見送る白澤に、百は肩を竦めて溜息を吐き、お香は困ったように笑みを浮かべて、二人は顔を見合わせるのだった。
 


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