第5問


「Fクラスは、Aクラスに『試験召喚戦争』を仕掛けようと思う」

Aクラスへの宣戦布告。
Fクラスの設備を嘆く級友たちに対して、代表である雄二が自信満々に告げたのは、そんな途方もない提案だった。
クラスメイトたちの不満の叫びは、クラスの設備から雄二に移る。
(まぁ、どう見ても無謀だよな……)

『試験召喚システム』

科学とオカルトと偶然により完成されたこのシステムは、文月学園が誇る『最先端』の技術であり、世界的に注目される最大の理由である。
このシステムは、生徒たちは教師の立会いの下、自身のテストの点数に応じた力を持つ『召喚獣』を喚び出すことができるという、何ともファンタジックなものだ。
そして、『試験召喚戦争』(通称『試召戦争』)とは、試験召喚システムで召喚された召喚獣を用い、クラス単位で行われる戦争のことを指す。
下位クラスがこの戦争に勝利した場合は、戦争を行った上位クラスと教室の設備を交換することができ、負けた場合は下位クラスの教室の設備だけが1段階下がる。
一見、戦争を受ける側の上位クラスが損に思えるが、これはより良い教室設備の代償ということなのだろう。
それに、召喚獣の強さはテストの点数に比例するため、下位クラスは最初からハンデを負っていることになる。そうそう上位クラスが負けることはない。
しかも最下位のFクラスと最上位のAクラスでは、その差は歴然。文字通り桁違いだ。
普通に考えて勝てるわけがない。
そんなことは、Fクラスにいるバカでも簡単に分かることだ。

「必ず勝てる。いや、俺が勝たせてみせる」

(雄二の奴、本気みたいだな)
あの悪戯を思いついた悪ガキのような顔は、間違いない。
あれはいつも5人で馬鹿をやる時の顔だ。
雄二は本気でAクラスに勝つ自信があるのだろう。
「このクラスには、試召戦争で勝つことのできる要素が揃っている。
 俺が、今からそれを説明してやる」
壇上に立つ雄二は、否定的な意見を繰り返す級友たちを不敵な笑みで見下ろした。
「おい、康太。
 姫路のスカートを覗いてないで、前に来い」
「…………!!(ブンブン)」
雄二に呼ばれた千秋の横にいる少年は、必死に顔と手を左右に振る。
「……土屋、顔に畳の跡ついてるけど」
「…………!!?」
可能な限り低姿勢で覗いていたのだろう。彼の左頬には、くっきりと畳の跡が付いていた。
「…………(ブンブン)」
「もう認めろよ……」
慌てて左頬を手で押さえ、再び首を左右に振りだす土屋に千秋は脱力する。
雄二のあの演説の中、彼だけはずっと同じ姿勢で瑞希の方しか見ていなかった。
恥も外聞もあったものではない。ある意味凄いとは思うが、ああいう時くらい少しは自重しろよとも思う。
「おい、来いって言ってるだろうが」
「…………」
漸く土屋は立ち上がり、壇上へと歩き出した。しっかりと左頬を押さえたままで。
そして、土屋が教壇に辿り着くと、雄二はこう言って彼を紹介した。

「土屋康太。こいつがあの有名な、『寡黙なる性識者(ムッツリーニ)』だ」
『ムッツリーニだと……っ!?』

ザワリ、とクラスメイトたちに衝撃が走る。
ムッツリーニ。その名の由来は勿論、ムッツリスケベである。
その異名は、秘密裏に運営されている彼の個人商店、『ムッツリ商会』の名と共に、学園の生徒たちに知れ渡っている。そこで主に取引されるのは、彼の作品(盗撮写真)とそれをプリントした加工品(抱き枕、ポスターなど)らしい。
その顧客となる男子たちからは畏怖と敬意を抱かれ、被害者となる女子たちからは軽蔑と蔑視の視線を受ける存在。
それが彼、ムッツリーニこと土屋康太その人なのである。
「次に、姫路瑞希。言うまでもなくウチの主戦力だ」
Aクラス級の実力を持つ上に、恐らく誰も彼女がFクラスにいるだなんて思いもしない筈だ。
雄二の言う通り、Fクラスの主戦力であり最強の切り札だろう。
「木下秀吉と吉井千秋だっている」
「……え、俺?」
完全に一聴衆のつもりで聞いていたので、いきなり出てきた自分の名前に呆気にとられる。
秀吉は学力の面ではともかく、Aクラスにいる双子の姉や演劇部関係で有名だし、その演技力は攪乱や奇策に役立つだろう。
一方、千秋は土屋や秀吉のような特殊技能など持っていないし、瑞希のように頭がいい訳でもない。
しかし、一緒に名の挙がった秀吉のおかげか雄二の巧みな演説のおかげか、クラスメイトたちは納得しているらしかった。
「当然俺も全力を尽くす」
そして、かつて神無月中学の『悪鬼羅刹』と称されたクラス代表の雄二がそう締めくくる。
幼い頃は『神童』とも呼ばれていたこともあってか、Aクラス並の実力があるに違いないと囁く声も聞こえてきた。
(……あいつ、今は確か勉強全然できない筈だけど)
まぁ、折角上がってきたクラスの士気を敢えて下げる必要もないな、と思う千秋だったが。

「それに、吉井明久だっている」
シーン……。

まさか、別の方法で士気を下げてくるとは思わなかった。
「ちょっと雄二!どうしてそこで僕の名前を呼ぶのさ!」
明久自身もそう思ったらしい。雄二に抗議するも、クラスメイトたちの非難の視線は彼に突き刺さる。
(もしかして、神童って言われて動揺したんじゃ……)
それで、それを誤魔化すために明久を引き合いに出した、と。
我が従兄妹ながら、実に残念な立ち位置にあるものだ。

「こいつの肩書きは、『観察処分者』―――バカの代名詞だ」
「雄二ぃぃ―――っ!!!」

ちなみに『観察処分者』とは、学生生活を営む上で特に問題のある生徒に科せられる処分のこと。
参考までに言っておくと、学園創設から現在まででその称号を得た者は2‐Fの吉井明久、唯一人である。


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