第4問


「あの、遅れて、すいま、せん……」
明久の自己紹介(気持ち悪い合唱付き)も終わり、単調な自己紹介にいい加減眠くなってきた頃、彼女はやって来た。
突然ドアを開けて教室に入ってきた美少女に、教室が俄かに騒がしくなる。
そんな中、担任の福原先生は平然としていた。
「丁度良かったです。
 今自己紹介をしているところなので、姫路さんもよろしくお願いします」
「は、はい!あの、姫路瑞希といいます。
 よろしくお願いします……」
千秋や明久と違って、遅刻したから急いで教室まで走ってきたのだろう。
ふぅ、と一つ深く息をして呼吸を整えてから、瑞希は小柄な体をさらに縮こめるようにして声を上げた。
透き通るような白い肌に、整った顔立ち。
桃色のふわりと背中まで伸びる柔らかな髪に、可愛いらしいうさぎのピンがとても似合っている。
可憐な容姿に小動物のようなその仕草は、男たちの保護欲を掻き立てる。
ちなみに千秋の隣にいる少年は、瑞希が現れた時からシャッターチャンスを逃すまいと、デジカメ片手にしっかりスタンバイしていた。
「はいっ!質問です!」
「あ、は、はいっ。なんですか?」
自己紹介でいきなり質問されてびっくりしたのだろう。
それでも優しい彼女は嫌な顔一つせず、質問した生徒の方を見て首を傾げた。

「なんでここにいるんですか?」
「そ、その……」

なんて失礼な質問だ。もう少し言いようがあるだろうに、と内心呆れる。
だがまぁ、質問した気持ちは分からないでもない。
容姿端麗、頭脳明晰、品行方正。
姫路瑞希といえば、学年主席の霧島翔子、次席の久保利光並にこの学園では有名な人物だ。
きっと誰もが瑞希はAクラスにいると思っているだろう。
そんな彼女が、校内最下層のこのFクラスにどうしているのだろうか。
うっかり教室を間違える……訳もない。そもそも担任の福原先生の様子を見る限り、彼女がFクラスなのは紛れもない事実だろう。

「振り分け試験の最中に高熱を出してしまいまして……」

暫く言い澱んでから、緊張した面持ちで瑞希がそう言うと、『ああ、なるほど』と生徒たちは頷いた。
文月学園は『最先端なシステム』を採用しているが故に、試験には殊更厳しい。体調不良だろうとなんだろうと、試験の欠席は勿論、途中退出でも全科目0点扱いになる。当然再試なども存在しない。
(つまりは俺と同じ状態ってことか……)
あくまで同じなのは状態だけだけれど。
彼女の場合はあまりに不運で、事態の改善を訴える資格も同情の余地も十分にあると思うが、千秋の場合は完全なる自業自得。
言い訳なんて厚かましい、それどころかこうして同じ立場にあることすら申し訳なくなるレベルだ。
彼女にだけは、絶対に原因を知られないようにしなければ。
瑞希はというとクラスメイトたちの視線から逃れるように、明久と雄二の隣の空いている卓袱台に着いた。
対して千秋の隣にいる少年は、黴臭い畳に片頬を押し付けて、ある方向をじっと見つめている。
誰の何処を、なんて今更説明する必要はないだろう。というかするだけ無駄だ。

「坂本君、君が最後の一人ですよ」
「了解」

教卓がゴミ屑と化す事件(原因は先生が軽く叩いた所為。このクラスは色々物が脆過ぎる)があり、一時自己紹介を中断することもあったが、それでも無事に最後の1人に辿り着いた。
「Fクラス代表の坂本雄二だ。
 俺のことは代表でも坂本でも、好きなように呼んでくれ」
文月学園2年生、300人中の最下層50人の頂点と言っても、それは単に振り分け試験で偶然251位を取った、という意味しか持たない。何の自慢にもならない、寧ろ恥と言ってもいいだろう。
だが、壇上に立つ少年は自信に満ちた表情をしていた。
クラスの仲間たち1人ひとりと視線を合わせるように教室全体を見回して、彼はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「さて、皆に一つ聞きたい」

自然と生徒たち全員の注目は、教壇の上に立つ指導者へと向かっていた。
注目を集めた少年の視線は、またゆっくりと移動していく。
草臥れた座布団に、薄汚れた卓袱台。そして、埃まみれの黴臭い教室。
彼の視線に従い、クラスメイトたちもそれらの備品に目を移していく。
「Aクラスは冷暖房完備の上、座席はリクライニングシートらしいが―――

 不満は、ないか?」
『大ありじゃぁっ!!』

2‐F生徒の魂の叫びが教室に響き渡る。
そして、壇上に立つ彼らの指導者―――Fクラス代表・坂本雄二は、戦友となる仲間たちの叫びに応え、その戦争の引き金を引く。


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