第1問


文月学園に入学して、2年目の春。
桜が咲き誇る並木道を抜けると、今はもう見慣れた校舎に出迎えられる。
もうここに入学して1年も経ったのかと思うと、なんだか感慨深いものだ。

〜キーンコーンカーンコーン〜

「……あ」
登校初日だというのに、人気のない校庭。
千秋が玄関に辿り着く直前、始業を告げるベルが辺りに響きわたった。
「吉井千秋、遅刻だぞ」
「あ、おはようございます。西村先生」
目の前でまるで仁王像のように聳え立つ、いかにもスポーツマン然とした男に、千秋は軽く頭を下げた。
彼はこの文月学園の生活指導担当、西村教諭だ。
きりりと太い眉に強面の顔、筋骨隆々な見た目の通り趣味はトライアスロン。ついたあだ名は、その名も『鉄人』。
現役の男子高校生が束になってかかっても、彼の前には成す術がない。
その恐るべき体力は、思わず28号とつけたくなるほど人間離れしているのだ。
「おはようございます、じゃないだろう。
 もう少し焦るなり申し訳なさそうにするなりしたらどうなんだ、お前は」
「だって急いだって謝ったって、遅刻は遅刻でしょう」
どの道記録に残るし、罰則を科されるのだから。
悪びれもせずそう言うと、盛大に溜息を吐かれた。
「ところで、吉井明久の方はどうした。
 一緒じゃないのか?」
「え、あいつ、まだ来てないんですか?」
不意に出てきた、従兄妹の名前に首を傾げる。
彼は自分と違って、遅刻『は』あまりしないのに、珍しいこともあるものだ。
「全くお前らは……」
「あれと一緒にしないで下さいよ」
確かに自分は頭がいい方ではないけれど、あんなバカと一緒にされるのは心外だ。
「その格好と遅刻癖を直してから言ったらどうだ」
「何言ってるんですか、ちゃんと制服着てるでしょう」
「お前が着ているのは男物だろうが」
「別にいいじゃないですか。制服は制服なんだから」
「……はぁ」
また深い溜息を吐かれてしまった。まぁ、この議論は学園に入学してからずっと続いているものだから、もうある種の挨拶のようなものなのだけれど。
「もういい……HRが始まるから、早く行け。ほら」
「どーもです」
差し出された封筒を受け取る。その表には大きな文字で『吉井千秋』と宛ててあった。
この中には、1年の最後の振り分け試験結果に基づいて振り分けられた、自分の所属クラスを書いた紙が入っているのだろう。
「こんな面倒な方法でクラス分け発表しなくても……。
 普通に掲示板とかに張り出したら駄目なんですか?」
「まぁ……ウチは世界的にも注目されている最先端システムを導入した試験校だからな。
 この変わったやり方もその一環ってワケだ」
「この方法は最先端とは真逆だと思うんですけど」
いくら教師が固定給だからって、非効率にもほどがあると思う。
というかもしかして、生徒一人一人にこれを配るためだけに、鉄人は朝一から今までずっとここにいたのだろうか。だとすると、本当にご苦労なことだ。
しかも、遅刻してくる厄介な生徒の相手までしないといけないのだから大変だ。まぁ、自分もその厄介な生徒の一人なのだけれど。
「随分ガッチリ糊付けされてますね、これ」
どうせその場で見るのだから、糊付けまでしなくてもいいのに。
仕方がないので、中の紙が破れるの覚悟で封を破くことにする。
爪で軽く封筒の縁に傷を付けて、そこから一気に引き裂いた。
「吉井、お前……簡単に開かないからってど真ん中から破る奴があるか!」
「手紙じゃないんですから。別に読めればいいでしょう?
 大体、こんなの見るまでもなく、俺自分のクラス分かってますから」
「それは、そうかもしれんが……」
何とも言えない表情で黙る鉄人は放って、千秋は封筒と一緒に真横に切り裂かれた紙をくっつけて、書かれている文字を確認する。

『吉井千秋……Fクラス』

「やっぱりな」
こうして、彼女の最低クラス生活が幕を開ける。


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