第10問


 
「吉井っ!」
「ごふあっ!」
翌朝、古びた教室の戸を開けると、丁度美波の鉄拳が明久の顔面に突き刺さるところだった。相変わらず素晴らしくキレのいい右ストレートだ。進級して数日しか経っていないが、この2人の痴話喧嘩(?)は早くもクラスお馴染みの風景になりつつある。
明久の悲鳴は勿論スルーして、千秋はいつものメンバーの元へ向かった。

「おはよ」
「…………おはよう、千秋」
「はぁ……お前、朝から欲望に忠実だな」

ついに性癖を隠す気がなくなったのか、それとも、必死過ぎて周りにまで気を回す余裕がないのか。
青色の後頭部はこちらを振り返らずに、一心不乱に明久を痛めつける美波のスカートをカメラ越しに凝視している。
本来なら通報なりなんなりするべきなのだろうが、千秋も含め周囲の感覚は既に完全に麻痺してしまっていた。皆基本黙認、せいぜいして、後日ムッツリ商会に盗撮写真を買い求めにいくか、だ。色々と終わっている気がするが、考えるだけ無駄というものだろう。
「千秋、おはようじゃ。
 今日は遅刻せずに来れたようじゃの」
「ま、流石に今日は回復試験あるし」
そう秀吉に返し、千秋は昨日となんら変わりない『F』クラスの教室を見回した。

「この様子だと、上手いことクラス連中を説得できたみたいだな、雄二」
「当然だ。皆にもきちんと説明したからな」

傍の卓袱台で胡座をかき、英語の教科書を眺めていた雄二は肩を竦めた。
あの後、千秋たちFクラスは、無事Dクラス代表を討ち取ることができた。
まぁ、雄二の作戦の上に、瑞希という圧倒的な超火力が切り札としてあったのだから、当然といえば当然の結果だろう。
しかし、Fクラスが試召戦争に勝利したにもかかわらず、教室の交換は行われなかった。
クラス代表である雄二が、あることをDクラスが行うのを条件に、引き分けを申し出たからだ。提示された条件は、Dクラスにとって設備交換に比べて遥かに負担が少ないものだったため、代表である平賀は勿論、Dクラス全員が二つ返事でその提案を呑んだ。
だが、Fクラスとしては、その条件だと現状維持にしかならない。『打倒Aクラス』を目指す次の布石としては重要なことかもしれないが、即物的なメリットのないこの交換条件に、不満が出るのは当然のことだろう。
千秋はそう考えていたのだが、クラスを見回す限り皆雄二の判断に納得しているらしく、テスト勉強に励もうと努力していた(まぁ、大半が慣れない勉強に集中力散漫ではあるが)。
「まぁ、なんだ。バカと鋏は使いよう、ってな」
「お前……戦国時代に生まれてたら、きっと歴史に名を残す名将になっただろうになぁ」
策士として頭が回るだけでなく、周囲を鼓舞し惹きつける巧みな話術にも恵まれた雄二ならば、稀代の将軍として有名になれたかもしれないのに。
勿体ない、と零す千秋に、お前馬鹿か、と雄二は呆れたように息を吐く。

「どんなに有能な策士だろうが武将だろうが、信頼できる有能な駒がなけりゃどうしようもないだろうが」

だからお前もとっとと席ついて勉強しろ、と雄二は教科書に目を落とす。
「明久も大概だけど、お前も結構な奴だよな……」
「お前にだけは言われたくねぇし、あの馬鹿と同列にされたくもねぇ。
 千秋、昨日みたいに他科目で手を抜きやがったら、あのことマジで姫路に言うからな」
「……。ちゃんとするから。頼むからそれだけは勘弁してくれ」
千秋は慌てて自分の卓袱台に向かうと、鞄から教科書を取り出し、馬鹿をやっている明久たちに目をやった。
 


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