「流石にそろそろ限界か。……横田、来てくれ」
土屋の報告に雄二は頷くと、Fクラス本陣に残っていたクラスメイトを呼ぶ。
「すまんが、中堅部隊に伝令を頼みたい」
「え?先攻部隊にじゃないのか?」
「秀吉たちのところへは、ムッツリーニに行ってもらう。
先攻部隊に後退するように伝えた後は、引き続き戦況の報告と例の調査を頼む」
「…………了解」
コクリ、と頷く土屋。
そしてそのまま教室を出ていくかと思いきや、彼は千秋を見て首を傾げた。
「…………どうしてここに?」
「ちょっと休憩」
「…………という名のサボリ?」
「うっせ。ところで土屋、その格好は?」
「…………これは、仕事着」
「……」
盗撮は仕事じゃない、犯罪だ。
キラリ、と格好付けてカメラを構える土屋に、千秋は呆れる。
その真っ黒な服装は、校舎内だと逆に目立つと思うのだけれど。
「―――逃げたら、コロス」
「「…………っ!?」」
不意に背後から聞こえてくるドスの利いた声。
その不穏な言葉に2人が振り返ると、雄二の指示を受けた横田が丁度教室から出ていくところだった。
「なんだお前ら、まだいたのか」
「今の、なんだ……?」
「??明久たちのいる中堅部隊への伝令だが?」
「いや、今のはどう聞いても伝令っていうより―――」
「…………ただの脅迫」
千秋の言葉を隣にいる土屋が引き継ぐ。
だが、指示を出した雄二は不思議そうにしている。
「じゃあ聞くが、もしもお前らが明久たちの立場だったらどうする?」
「「…………」」
崩壊寸前の先攻部隊。きっと多くの戦死者(恐ろしいことに戦死すると戦争が終了するまで、あの鉄人の補習を受けなければならない)が出ているだろう。中堅部隊として先攻部隊のサポートをしていたのなら、鉄人に補習室へと連れ去られていく仲間たちの姿を、幾度となしに目にしている筈だ。
その先攻部隊の撤退し、彼らの補給の時間を稼ぐために、今度は自分たちが前線へと赴く……。
当然戦う敵は自分たちより点数が上だ。しかも、千秋や土屋と違って明久たちには突出した得意科目もない。
もしも、自分たちがそんな状況に置かれたとしたら。
「逃げるな。普通に」
「…………命あっての物種」
なるほど、それならば恐怖による圧政も致し方ない。
自分たちが中堅部隊じゃなくて、本当に良かった。
持つべきものは自分たちの能力を理解してくれ、それを正しく発揮させてくれる指揮官だな、と千秋と土屋は頷き合うのだった。
***
ピンポンパンポーン♪
『連絡致します』
「ん?」
それは、千秋が世界史の補充試験を終え、丁度一息ついていた時のことだった。
『船越先生、船越先生』
機械越しの声は、何処か聞き覚えのあるような気がしたが、千秋にはそれが誰か分からなかった。
まぁ、そうそう緊急の放送があるわけもないし、多分Fクラスの生徒だろう。先生を前線に呼び出す為にわざわざ放送をかけるようなこと、Dクラスはしないだろうから。
大方、職員室に直接呼びに行ってDクラスの生徒に出くわしてしまうのを危惧しての行動に違いない。
『吉井明久君が体育館裏で待っています』
「……は?明久?」
しかし、千秋の予想は外れたらしい。
呼び出しは呼び出しでも、これは戦場ではなく別の場所に向かわせるのが目的のようだ。
(……ってそこが問題じゃなくて)
何故そこで明久の名前が出る。
しかも体育館裏って。古き良き時代の少女漫画宜しく告白でもする気か、あの馬鹿は。
普通の教師相手なら、いつもの悪ふざけですと言えばせいぜい補習程度で許してくれるだろう。
だが、相手はあの有名な船越女史(45才♀独身)だ。
単位を盾に生徒に交際を迫るという、教師にあるまじき行為に及ぶほど婚活に必死になっている彼女に、そんな冗談は通じない。
これなら絶対に、明久が来るまではたとえ誰が呼ぼうがずっと体育館裏から離れないだろうけれど……なんという恐ろしいことを。
(こりゃ雄二だな)
いくらあの馬鹿でも、試召戦争に勝つ為に人生を投げ出すことはないだろう。
先程の伝言といい、この情け容赦のない作戦は、我らが指揮官の仕業に違いない。
『生徒と教師の垣根を越えた、男と女の大事な話があるそうです』
「終わったな……」
校内に響く弁解の余地を与えない止めの一撃に、千秋は明久を想いただ合掌する。
遠くの方で、従兄妹の絶叫が聞こえた気がした。