籠屋短編 | ナノ

夕暮れ時



 榊が隣町で自転車に乗せてくれた。本来荷台用の椅子の座り心地は良いとは言えないが、肌を過ぎ去っていく風と友人の背中が温かくて、振り落とされるのもなんだからと服を掴んだらふふ、と小さく笑う。
 流れていく地面と景色を交互に見た。存在が嘘のようだ。
 この眼が映すものがすべて嘘ならば、きらうものなどなかったのだろうか。

 羽鶴、羽鶴と声がする。何と小さく返したら、また笑って他愛もない話を持ちかける。
 微睡むような気分だった。眼に映らずとも広がるような、その心地にしばらく浸っていたかった。
 
「榊はいいやつだな」
「ぶってるだけかもしれないぞ」
「この距離に僕を置いておいて、それができてたらたいした悪玉だな」
「だろう? ごめんなやっぱ嬉しいわ」
「どの辺がって聞いたら呆れる?」
「ははあ羽鶴は頭の先から言われたいわけだな」
「ごめん僕も嬉しい──ああ、吐きそう」
「なんでまた。いいじゃないか、嬉しくて」

 榊はあたたかいやつだ。

「嬉しい、って僕が言ったら嘘のように聞こえる」
「はい羽鶴の虚言ー」
「榊辞書かして」
「続きはウェブで」
「書面でどうぞ」

 こいつは幸せになるだろう。こういうやつが──僕はつくづく自分のことで精一杯だ。

「僕さ」
「うん?」

 お前のこと大好きだけど言わないでおくよ。

 妨げにならないように。

「いつもありがとな」
「噛み合ってないぞ羽鶴」
「いいんだよ」





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