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■きれいすぎるのも問題です
これまで幾度となく怨霊と戦い、それなりに厳しい戦いもあったが、『悪戦苦闘』という言葉をつけるのなら今まさに目の前の戦いに対してだと花梨は思った。
まとめては、はらりと解けていく髪。再度まとめ上げても結おうとして髪ゴムを取り出す前に指の間からはらはらと落ちていってしまう。
「もー! どうしてこんなにさらさらなのー!」
「も、申し訳ありません神子…」
花梨に髪を触られるがままにしていた泉水は半顔で後ろを振り返り苦笑して花梨を見上げた。
――泉水さんの髪を結ばせて下さい!
と、それぞれ片手にヘアブラシと髪ゴムを持って花梨が泉水に申し出てきたのはもう数十分前のことだ。
現代に泉水が渡ってきてから数ヶ月、泉水の髪は『京』に居た頃よりも少し伸びた。現代では長髪の男性は珍しいと知識を得た泉水はばっさり短く切ることを考えたが、「えーっ、そんなの勿体無いです!」という愛しい人の一言で未だに切れずにいる。
泉水はダイニングチェアの背もたれ越しに花梨を振り返る。さらりと流れた髪は肩や背中を彩る。
「神子。折角の申し出、私は大変有り難かったのですが、これ以上時間(とき)が押せば折角の休日が無くなってしまいますので…」
「むー…泉水さんの髪だったら結びやすいと思ったんだけどなー…」
しゅん、と花梨は肩を落とす。
泉水の髪は、見た目では少し癖があるのでそれならまとめやすそうだと思ったのだが、触ってみるとビロードのように滑らかで指どおりがいい。どんな手入れをしたらそんな髪になるのか、女性である花梨が訊きたいところであった。
だがそれ故にまとめるのが難しい。量も多いので花梨の小さな手では、そして器用さでは全部をまとめきれず、指の隙間から幾筋かの髪が逃げてしまうのだ。
まさに髪との悪戦苦闘。そして花梨はその髪の前に白旗を揚げるしかなくなった。
「何でそんなに髪がきれいなんですか泉水さん。何か色々ずるい」
自分の不器用さを棚に上げて、花梨はむう、と唇を尖らせる。「申し訳ありません」性根が優しい青年はそんな愛しい人に困ったように笑みながら謝罪し、おもむろに立ち上がった。
「神子。髪留めを一つお貸し下さい。自分でまとめてしまいますので」
やんわりと花梨を促すと、花梨は手に持っていた髪ゴムを一つ泉水に手渡した。
泉水はその髪ゴムを一度口に柔らかく咥える。一旦、両手で後ろ髪を項のところで一つにまとめ、それをそのままぐっと頭の上近くに持ち上げる。その瞬間、髪の間から白い項がちらりと見え隠れする。耳裏が露になり、そこから鎖骨へ向かう首の筋が浮き立っている。余った髪を掌で撫でるようにまとめてきれいに整え、それを片手で押さえながらもう片手で咥えていた髪ゴムを手に取り、くるりと器用に結んでしまった。
その一連の動作に花梨は釘付けになる。泉水の、意外に大きな掌(て)が髪をまとめ、細いが節ばった指が滑らかな髪の間を通る。その動作が何故か艶かしく感じ、さらに髪を上げたことで襟元から覗く首筋や項の白さが色っぽさを醸し出している。
髪をまとめ上げた泉水は「お待たせしました神子。それでは出掛けましょうか」と花梨を振り向く。
が、きょとんと首を傾げる。
「神子、如何なさいましたか?」
「…へ?」
「お顔が少し赤いようですが…」
泉水の表情が俄かに曇り、その掌が花梨の頬に添えられる。びくり、と驚いた花梨はそのまま二、三歩後ろへ後ずさった。
「な、何でもありませんよ?! 全然平気です!」
「あの、ですが…」
「さあ出掛けましょう! 今日はどこに行こうかなー」
花梨は白々しい明るさを取り繕ってばたばたと一人先に玄関へ向かった。「あ、お待ち下さい神子!」そんな泉水の静止の声も振り払う。
(い、言えるわけない…!)
玄関先で熱くなった自分の頬に両手を添えながら、花梨は先ほどから高鳴りっぱなしの心臓を持て余した。
(泉水さんの髪を結ぶ仕草が色っぽくて見惚れてたなんてー!)
これじゃあただのヘンタイじゃない!と花梨は自身に突っ込む。
――それからしばらく、花梨は泉水の髪を触る度に顔を赤くし、その度に泉水に不審がられていたとか。
〜終〜
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泉水現代EDスチルより。泉水さんがポニテにしていた裏にはこんなことがあったらいいなーとか思ったり。
現代男性は通常髪は短いので、現代社会ではこんな場面滅多にないと思いますが、でも男性が自分の髪をまとめ上げる仕草ってすんごい色っぽいと思います(笑)
H21.11.22
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